2010年に創刊した日本経済新聞電子版は、日経にとって大きなチャレンジでした。日本で初めてとなる有料課金のWEBメディア事業は、単純に紙の新聞をネットに置き換えたということ以上に、新聞制作・報道のあり方を根底から変える出来事となりました。

源流となったNIKKEI NET

NIKKEI NET

日経電子版の源流は1996年にスタートした「NIKKEI NET」です。90年代後半から急速に普及しつつあったパソコンや携帯電話、インターネットの浸透とブロードバンド化などの流れを受け、日々のニュースと日経の活動を広く紹介する役割を持ってスタートしました。紙面の注目コラムを毎日発信したり、イベントの記録をアーカイブしたりと、ネットの速報性と蓄積性を生かす形で従来の事業を補完し、アクセスが急増。株式ニュースや株価情報を掲載する「マネー&マーケット」、インターネットやデジタル機器の情報を伝える「ITプラス」などのテーマ別サイトも次々と誕生しました。2007年後半には月間の閲覧が2億ページビュー(PV)を超えるまでに成長し、広告媒体としても注目されるようになりました。

ただ、NIKKEI NETは無料媒体であることから、掲載する記事数を朝夕刊全体のほぼ3割に制限、本文も400字〜600字に短縮したものに限定。国内ニュースサイトとしてはすでに有数の存在に成長したものの、デジタルで報道の役割を果たすという使命から見れば限界が見えていました。一方で、紙の新聞の成長には陰りが見えはじめ、デジタルデバイスを通じて情報を取得する人の数は増え続けていました。「読者が望むなら、それを作らなければならない」。日本経済新聞のコンテンツ全てをデジタルで届けることは急速に中心的な経営課題になっていったのです。



電子新聞編集本部が発足

こうした中、本格的な有料媒体の創刊に向けて、2009年4月、東京・編集局に電子新聞編集本部が発足します。日本のニュースサイトで初めてとなる会員制の有料課金サービスを成立させるには、「コンテンツは無料」というインターネットの"常識"を覆し、お金を払っても読みたい記事と便利なサービスを作る必要がありました。NIKKEI NETの経験を活かし、読みやすく使いやすい画面レイアウト、記事の受信・編集・配信・公開をスムーズに行うシステム、紙面イメージ をそのままデジタルで再現する「紙面ビューアー」機能などの開発を進めました。

電子新聞編集本部

日経電子版は、日本経済新聞のニュースを伝える媒体であると同時に、ネットの特性を活かし、日経BPやテレビ東京、QUICKといったグループ会社から写真や映像、データといった様々なコンテンツを結集して読者に届ける役割も担っていました。特にQUICKが提供する株価、為替などの金融データ、各種統計・経済指標の配信は、創刊当初の電子版を支えるキラーコンテンツとなっていきます。



「もうひとつ日経をつくるような決意」

あいさつする喜多社長(当時)

2010年3月23日午前2時、日本経済新聞電子版が創刊。最初のトップニュースは「ビル・ゲイツ氏、東芝と次世代原発」の特報でした。記事は同日付の朝刊1面トップを飾りましたが、電子版ではそのニュースの背景やゲイツ氏の動向など紙面に載り切らなかった情報を詳しく伝え、紙面と電子版の連携によるこれまでにない重層的な報道を実践しました。

その後も電子版はデジタル時代の報道を実践する様々なチャレンジの舞台になります。24時間のニュース更新、リアルタイムの選挙報道、重要記者会見のライブ中継、データをグラフや視覚表現でわかりやすく見せるデータビジュアライズコンテンツーー。中でも最大の変化は、読者の閲覧動向を編集局がデータで直接把握できるようになったことした。読者の行動や興味関心のありかを見ながら、最適なコンテンツ配信を工夫する、新たな新聞報道の時代が始まったのです。

販売の面でも、読者がウェブサイトから直接購読申し込みをする電子版は、それまでの新聞販売店を通じた顧客との関係を、新聞社本社が直接顧客と接する形へと変え、いちだんと顧客志向を強めるきっかけになりました。創刊時の販売キャンペーンのキャッチフレーズは「もうひとつ日経新聞をつくるような、決意」。創業から134年を経て経験したデジタル化という大きなイノベーションは、まさに日経が生まれ変わる契機となりました。