中国指導部を牛耳る「上海閥」に連なる。上海市副市長時代には浦東開発の指揮をとり、高層ビルが林立する未来都市誕生の基礎を築いた。
祖父も父親も日本に留学経験があり、日本との縁も深い。自身も「これまでに会った日本人は3000人以上」という。1992年の天皇訪中時には先頭に立って活躍し、日本側から「上海訪問は120%成功」との評価を得た。「日本とのパイプ役になれる次世代メンバーの一人」と期待されている。