「アジアの未来」
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アジアの未来
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日経アジア賞
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リー・クアンユー氏
シンガポール上級相

起業家精神の必要訴え

 1990年にゴー・チョクトン氏に首相を禅譲してから10年以上がたった。「シンガポール建国の父」といわれる同氏も80歳目前になったが、歯に衣(きぬ)着せぬ物言いは健在だ。

 国内では最近、若者に起業家精神の重要性を繰り返し訴えている。政治、経済の安定度は東南アジアで随一だが、それが国民の慢心を生んでいるとの危機感があるようだ。

 シンガポールは昨年、情報技術(IT)バブルの崩壊で16年ぶりのマイナス成長を記録した。海外からの投資と政府系企業に頼るだけでなく、民間企業に成長の担い手の役割を期待する。

 英ケンブリッジ大で同窓の妻、クワ・ギョクチュウーさんとの夫婦仲は有名で、しばしば公式の席にも顔をそろえる。長男のリー・シェンロン氏は中央銀行にあたる金融通貨庁会長を兼務する副首相で、ゴー首相後継の最右翼。二男のシェンヤン氏はシンガポール・テレコムの最高経営責任者(CEO)である。78歳。


1923年9月16日生まれ
■学歴
シンガポール、ラッフルズ・カレッジ卒業
1942〜45年日本による占領期をシンガポールおよびマレーで過ごす
1946〜49年英国ケンブリッジ大学フィッツウイリアム・カレッジ(1969年名誉特別研究員)
1946〜50年英国ドミル・テンプル法曹院(1969年法廷弁護士資格、1969年名誉評議会)
■職歴
1951年弁護士開業。複数の労働組合の法律顧問に
1954年人民行動党(PAP)設立に参画。同党書記長となり、1992年11月まで在任
1955年タンジョン・パガール地区から総選挙に立候補し当選。以降引き続き同地区選出議員として現在に至る。
1959年総選挙でPAPが議席総数51のうち43を占めて第一党となった結果、首相として組閣
1963年総選挙でPAPが51議席中37議席獲得の勝利に導く
1963〜65年63年9月マレーシア連邦会議のシンガポール代表15名の1人となり、65年8月にシンガポールが連邦を脱退するまで在任
1990年首相辞任。ゴー・チョクトン後任首相の任命により上級相に就任

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