「アジアの未来」
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アジアの未来
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東アジア経済統合の可能性と課題
上島 重二 三井物産会長、経団連アジア・大洋州地域委員会担当副会長
1.地域経済統合に対する日本のスタンス

 日本にとって「平和と繁栄」を軸にした世界各国との共生は、政治的にも経済的にも基本理念であり、将来も求めるべき永遠の課題であると思います。先ず、この基本認識を皆さんと共有した上で、アジアにおける地域経済統合について、直接ビジネスに携わってきたものの立場から私の意見を述べさせていただきます。

 先ず第一点目は、経済のグローバル化が急速に進展する中で、2001年という年は将来の世界の通商に大きな流れを産み出す非常に重要な節目の年ということです。

 Multilateralな動きとしては、11月にはドーハでWTO第四回閣僚会議が予定されており、包括的な新ラウンドの立上げが期待されます。申す迄もなく、WTO体制が国際通商体制の中心的な制度として合意され、multilatera1にworkして行くことは先進国、途上国を含め極めて重要と思います。その中で、中国が本年中にもWTOに加盟するとコミットされた事は、世界にとっても、又、アジアにとっても大変歓迎すべきことであります。

 次にregional−地域経済統合、及びニ国間FTAの動きです。NAFTAは、One America構想の許で南へ、即ちFTAAへの展開を進めています。又、EUは中欧を含め東への展開が進んでいます。アジアではAFTAの完成が期待され、又、"ASEAN + 3" の構想が議題にのぼっております。同時に、地域経済圏同士、或いはその中での二国間FTAの締結も進んでおり、所謂多層的−multi-layer−なTrade Agreementが潮流となり、将来さらに拡大をとげると思われます。

 我が国の通商政策も、かかる世界的な潮流の中で、WTO体制を基軸としながらも、WTO体制を補完する形で、二国間FTAやRegional FTAも推進するといった多層的展開に大きく舵を切ったと理解しています。

 日本とシンガポールとの二国間FTAは、今年中に締結が予測され、引き続き韓国やメキシコ等とも政府・民間夫々のレベルで検討が開始されました。新しい時代の到来と言えましょう。

2.日本と東アジア諸国との経済的結び付き

 第二点目として、日本と東アジア諸国との経済的結び付きの現状について申し上げます。企業活動においては、既に国境というものを意識しなくなるほどグローバル化が進展しています。製造業を始めとするあらゆるセクターの企業が直接投資を行い、東アジア各国に事業の拠点を置き夫々の国の企業として第三国への輸出を含め活発な事業活動を展開しています。例えば、ここにおられるスパチャイさんの母国であるタイには2,500社を超える日系企業が現地に根をおろした事業活動を展開しています。多くの企業のアジア事業戦略にとって、近く立ちあがるAFTAや将来のASEAN + 3がもたらすであろう夫々の国の特性と競争力を活かした地域分業を主要な与件として視野に入れ、効率的な生産networkを作り、東アジアを面として捉えた戦略を進めています。アジア諸国の企業との戦略的提携(Strategic Alliance)も進んでおります。換言すれば、ビジネスの世界では、FTAや地域経済統合に先行する形でボーダーレスな事業活動が既に繰り広げられていると言えましょう。

 一方、こうした民間の活動の他に海外との相互依存、相互発展を支援するものとして、政府のODAがあります。日本は過去10年間続けて世界最大のドナー国となっております。年間100億ドルを超える日本のODA資金の内、50〜60%がアジアに供与されています。過去の日本のODA資金は主として道路や港、電力、水道といったインフラ整備を通じて、各国の経済発展に大きな役割を果たして来ました。こうして現地の環境整備が進むのに呼応して、日本の民間企業を筆頭に海外からの巨額の投資を招くことにつながり、今日に至ったと評価して良いでしょう。日本と東アジア諸国との経済的な結び付きは、言い変えれば政府のODAと民間資金の二つをDriving Engineとし、それぞれの国での自助努力と相俟った結果と考えます。

3.東アジアにおける地域経済統合の可能性と課題

 それでは東アジアにおいて地域経済統合実現の為にはどのような課題がありましょうか。それが第三点目です。

 1999年時点で、東アジアの域内貿易依存度は45%と、EUの63%、NAFTAの55%には及ばないものの、実体としては地域経済と呼べるほどの水準に達しています。ただ、東アジアの自由貿易協定を実際にすすめて行く課程では、経済体制の違いや文化、宗教等の多様性、さらには経済規模や発展水準の格差、sensitive sectorの存在など、いろいろと課題が多いのも事実であります。本日は、この中の二点につき申し上げたいと思います。

 先ずは各国間の経済格差問題です。私は、この問題に関し即効薬はないが、民間企業と各国政府の不断の努力により克服できると確信しています。IT革命はDigital Divideを促進するとの懸念がある一方、各国が協力して対策をとる事により格差のスピーディな解消への途が開けるとの期待もあります。東アジア各国は1997年に始まった金融危機を克服し、再び成長軌道に戻して来た事に高い敬意を表します。唯、日本を含め未だ完全な健康体に戻ったとは言い難く、引続き金融機関の不良債権処理や経済の構造改革を勇気を持って進める事が肝要です。苦痛を伴いますが、この事が将来の持続的成長につながる途と思います。

 また、「ODA政策」は今後とも経済格差の是正や相互繁栄の推進にとって重要な役割を果たしていくでしょう。東アジア諸国の中には、インフラ整備が急務という国もあれば、部品メーカーといった中小企業を中心とする裾野産業−Supporting Industry−の育成が急務という国、更には人的援助、人材育成へのニーズが急速に起こりつつある国もあります。それぞれの国の異なるニーズに応える形でのODAの「質の変化」が求められましょう。

 潜在的な経済大国である中国を将来どう東アジア地域経済統合に迎え入れていくかということも大きな課題です。中国は、カラーテレビやポータブルCD、プリンター等に加え、DVDプレーヤー等でも生産台数は既に世界1位の規模に達しています。中国は、13億の人口規模を有する巨大な消費のマーケットとして、又、急速な技術レベル向上に伴い多岐に亘る製品の供給国として、その将来性は極めて大きいと思います。今後中国のWTO加盟が実現すれば、当然国際レベルでの透明性の進展が期待され、中国への投資がさらに増え、輸出入貿易規模もより大きくなる事は間違いないでしょう。既に日本の中国からの輸入額(6.3兆円)はASEAN 10カ国からの輸入額(6.7兆円)とほぼ同規模に達しています。(輸出入総額は対中国が9.8兆円、対ASEANが14.1兆円)。

 貿易構造から見て中国とASEAN諸国は多くの製品分野で競合関係にあり、ASEAN諸国には中国を脅威とする見方が根強いと言われています。ASEAN諸国に事業拠点を置いている日本企業としても、中国の製造業を意識しながら将来の戦略を練る必要が出ております。一方、中国にとっても世界の市場経済の枠組みの中で自らの成長を実現するためには、貿易・投資の自由化に向けた環境整備をすすめる一方、アジア各国との産業協力、資金協力や技術提携、人材交流といった巾の広い国際協力関係を作って行く事が長期的な繁栄につながると考えます。言い換えれば、東アジア自由貿易協定の可能性は、競争と共生の下で、中長期的には全体としてプラスとなるようなWIN-WINの関係を辛抱強く作り上げていけるかにかかっていると言えましょう。自由貿易協定では、短期的には各国とも痛みを伴う部分も必ず出て来ますが、動態的に見ると経済の仕組みの構造変化をもたらし、それが競争力の強化にもつながっていくものと確信しています。現在、政府間交渉を行っている日本-シンガポール経済連携協定では、単に関税及び非関税障壁の削減・撤廃にとどまらず、IT協力や技術協力等も含めた巾広いEconomic Partnership Agreementという内容になっており、まさにnew ageのFTAとして注目しています。

4.地域経済統合に対する見解

 最後に、地域経済統合のあり方に関して個人的な考え方を2点ほど申し述べたいと思います。

 第一に、あくまで開かれた経済圏とすべきであると考えます。これはWTOとの整合性の問題からいっても、又、海外との共生を基本理念とする日本の立場からしても当然のことであります。むしろ日本がさらに開かれた国になっていくことが我が国の経済回復にも必要であり、同時に東アジア地域の経済回復や自由化のスピードアップにつながっていくという展開を期待したいと考えます。

 日本がさらに努力すべき分野として、人と投資に関する内なる国際化があげられます。単なる経済分野だけの関係強化に留まらず、真の相互依存関係を構築していくためには、人的交流をもっと推進し、信頼醸成を進めていくことが必要です。人の移動に関しては、従来日本は厳格な管理をしてきましたが、今後は留学生や研修生の受入れ環境を一層整備することに加えて、外国人就労者の受入れでも前向きに検討していく必要があると考えています。少子高齢化という問題を抱える日本にとって、将来、頭脳や労働力を海外により依存する蓋然性は高いと思われます。

 また対日投資に関しては、通信や金融分野等を中心に国内の規制緩和を進めてきたことから、かつては10倍以上あった投資インバランスは1999年度には3.1倍に、昨2000年度は推定1.7倍に迄縮小してきています。即ち、1991年度の対日投資は約5,900億円であり、同年の対外投資5兆7,000億円との比較は約1対10でした。これが、1999年度は2兆4,000億円になり、又、2000年度は3兆1,000億円に迄、増加を続けています。内、アジアからの投資は依然低レベルでありますが、将来、日本からアジアヘの投資と双方向でアジアからの対日投資機会が増えて来ると予想しています。

 こうした変化は、我々日本企業の経営手法や業界再編を含めた構造改革を加速する効果が大きく、我が国としては引続き規制緩和を推進し、投資環境の整備を進めて行く事が必要と思います。

 第ニに、出来るものからやっていくということであります。言うまでもありませんがアジアという国はないわけで、東アジアは多様性を持った様々な国々で構成されています。全ての対象国、全ての対象分野を一括して完璧な協定でスタートしようとすれば、大幅に時間を費やすことは明白です。その間にモメンタムを失わないためにも、関係国間で地域経済統合を作り上げるという強い意思をもってGrand Designを共有し、現実的にできるところから進めていくことが重要であり、これが結果的に自由化のスピードを速めることにもなるでしょう。

以上、簡単ですが私の意見を申し上げました。

以上

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