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アジア金融市場、発展の条件
吉沢 建治 東京三菱銀行副会長
 本日のテーマである「アジア金融市場、発展の条件」について、民間の銀行に身を置いている立場からコメントさせて頂きたいと存じます。まず「アジア金融市場」の現状認識の一助として、不良債権問題の現状について日本とその他のアジア諸国の比較を致します。その次に「発展の条件」は何かと言う問いに答えるものとして、アジア諸国の発展に適した金融システムのあり方について意見を申し上げることと致します。

1、日本とアジア諸国の不良債権問題、類似と相違

(1)発展段階の異なるアジアと日本の不良債権問題

 さて、日本の銀行の不良債権問題と日本以外のアジア諸国のそれとは、表面的には似た点もありますが、むしろ異なる点に注意する必要があります。

 最大の相違点は、不良債権問題が全く異なった経済の発展段階で生じたものであることです。高度成長を遂げた後に国内の家計部門が保有する金融資産が大きく蓄積したことにより、日本は対外的にも世界最大のネット債権国となりました。この結果80年代には金融の面で自由化と高度な直接金融システムへの移行が課題となりましたが、そこで生じた不動産・株式バブルの崩壊から、現在の日本の不良債権問題は始まっております。

 一方アジア諸国の一部は、日本を含む海外からの長期直接投資をテコに高度成長を始めると間もなく、為替取引と短期資本の流入も自由化しました。それが一時的には成長を促進した面もあるのですが、海外からの短期資本への依存という不安定要因も抱え込んでしまいました。そのリスクが顕現化したのが97年、98年のアジア危機であり、それが今日に至るまで不良債権問題として尾をひいている訳です。

 結論を先に申し上げますと、問題が生じた経済発展段階の相違の故に、日本においては、不良債権処理と同時に公的な金融機関も含めたオーバー・バンキングの解消、更に資本市場の活性化が待った無しの課題となっておりますが、日本以外のアジア諸国においては、不良債権処理とオーバー・バンキングの解消に加えて、間接金融システム自体の再構築と通貨危機を再発させないための為替・資金管理政策の確立が必要となっています。加えて資本市場の育成を、経済発展段階の進化に応じて段階的に行なっていくことも課題ではないかと思います。

(2)銀行の資金仲介機能の問題

 日本とアジアの不良債権問題が、異なった発展段階で生じた問題であることは、例えば銀行の仲介機能を巡る相違となって現れております。

 日本では昨今「銀行の仲介機能が十分回復していないから、景気回復が持続しない」と言う論調を耳にしますが、これは実態とは異なります。

 98年に急激な株安円安で自己資本比率が急速に低下したため、日本の銀行が信用供給を抑制せざるを得なかったのは事実です。しかし99年3月に7.5兆円の公的資本注入が行われた結果、現在みられるような再度の株価低迷の局面でも銀行の貸出余力は低下していません。この事実は日銀短観の「貸出態度判断DI」に端的に示されています。これは「銀行の貸出し姿勢が緩い」と答えた企業数から「厳しい」と答えた企業数を引いた%ポイントで表示したものです。このDIは98年初にはマイナス20近辺まで悪化しましたが、99年初から急速に回復して2000年以降はプラスに転じております。従って現在は銀行の資金仲介機能の低下を問題にする状況ではありません。むしろ日本における現在の金融問題は、倒産や返済不能案件の発生が減らない一方、99年以降公的資金注入で自己資本比率が改善し貸出余力が回復した結果、銀行間の貸出し競争が再燃し、クレジットコストを十分に反映した貸出金利スプレッドが確保できていないことにあります。

 つまり倒産等による与信コスト差引き後のベースで、銀行の貸出しは現在逆鞘になるケースが多く、問題の所在は「貸し渋り」ではなく「オーバー・バンキングによる逆鞘の発生」にあるのです。

(3)アジア諸国の金融システム

 それでは日本以外のアジア諸国ではどうでしょうか。各国各様の状況があり、一括りで語るのは難しいのですが、全般的には不良債権処理とそのほかの改善が進んで来ました。しかし元々存在していたオーバー・バンキングの解消は未だ十分でなく、しかも不良債権処理の進捗には国ごとのバラツキが大きく、一部の国では銀行による金融仲介機能が十分回復していません。例えば、比較的問題が軽かったマレーシアや韓国では不良債権の最終償却の形態での処理がかなり進みました。しかしインドネシアや中国では、銀行のバランスシート上の不良債権は減少しているものの、不良債権を銀行から債権買取機構(AMC)に移すという表面的な措置による部分が大きく、問題が解消されていません。

 不良債権処理が完了していないことは日本でも同じです。日本の銀行は92年以降昨年9月までに68兆円、GDPの13%に相当する不良債権処理を行い、その約8割を最終処理しています。しかしながら残念なことに90年代後半から企業の倒産が増加傾向を辿り、新規の不良債権が発生しているため不良債権の総額は大きく減るには至っておりません。今後最終処理のピッチを一段と上げ、ここ2,3年のうちに不良債権問題にケリを付けるべく債権者、債務者双方の努力が期待されています。

 銀行の不良債権処理は、企業の過剰債務処理、不稼動資産処理と表裏一体です。企業部門のリストラの進展を阻んでいる原因を日本以外のアジア諸国について見てみますと、第1に処理のための制度の不備と人材・経験の不足、第2にsocial safety netの不備が挙げられます。

 第1の点では、アジア危機を契機として、各国とも市場からの敗者退場ルールである倒産法の整備を進めました。しかし法律が出来ても社会に倒産という概念自体が浸透していないため、司法も最終的な倒産の判断には躊躇しがちです。また司法自体に倒産法を運用する経験が十分備わっていない場合も少なくありません。更に一部の国では裁判官の腐敗、汚職が後を絶ちません。これを要するに、法律を適正に運用する人材の確保のために先ず教育面から手をつけて行かねばならない基礎的段階にあると言って良いかと思います。 

 第2の点については、企業債務のリストラには一時的な失業増加が避けられませんが、問題はそれに対応するsocial safety netがどれだけ整備されているかどうかです。この点は非常に不十分です。従ってリストラを進めようとすると社会不安が高まり、政治体制がこれに耐えられなく惧れがあります。

2、アジア諸国の経済成長に適合的な金融システムとは

(1)発展途上にあるアジア諸国に必要な条件

 次に、アジア諸国が輸出産業をひとつのテコに経済成長を遂げる過程でどのような金融システムが適しているか考えてみたいと思います。

 必要条件として、第1に、GDPに占める輸出比率が高いので、経済の安定成長のためには安定的な為替相場が求められます。このことは固定相場制を必ずしも意味しませんが、過度に投機的な動きから防衛するために、為替取引と短期資金移動を包括的に規制するルールが必要です。

 第2に、成長を促進するためには、ある程度先進国からの直接投資と技術移転に依存する必要があります。また銀行を通じて国内に分散している1件当たり比較的零細な貯蓄資金を産業に流す必要があります。ただし、海外からの資本取り入れについては、ある程度選択的なスタンスが必要です。短期資金への過度な依存は、第1の政策課題に反する結果となることもあり、慎重でなければなりません。

 このように経済の発展段階に応じた為替・資金移動の面での規制は必要でありますが、金融ビジネスに直接携わる立場からは、それまで自由化されていたものを突然禁止するようなことは大変な混乱をもたらす危険があることを指摘しておきたいと思います。規制には整合性、公平性、継続性が必要であり、段階的で予見可能な変更でなければ不確実性を増し、無用の混乱を招くことになります。

 アジア危機では、各国の海外からの短期資金への依存度の違いがはっきりとした明暗をもたらしております。この点で管理・規制の度合いが強かった台湾では、為替相場はある程度下落しましたが、国内の信用縮小は回避され、98年のGDPもプラス4%を維持しました。韓国では国内銀行の外国銀行からの対外的な借入れが自由化されていましたので、金融機関の外貨流動性危機が起こりました。しかし日本を中心に銀行間の国際的な協調による信用供与がコミットされた結果、危機は急速に収束に向かいました。一方、タイとインドネシアでは銀行も企業もドル建ての短期債務を積み上げていた結果、通貨危機は自己資本の毀損と信用の縮小となって実体経済に深い傷を残したのです。

(2)アジア通貨危機の教訓

 経済成長のためには、国際的な資本移動に対し選択的なスタンスが必要であることは、80年代までひとつの基本的な考え方として成立していたはずです。ところが90年代になると、その国の経済的な発展段階を考慮せずに、金融・資本市場の対外的な開放と自由化が発展の鍵だと喧伝されるようになってしまいました。IMFの論者などがそうした風潮を大いに助長したことは否定出来ません。その一方で、一部の国ではドルペッグによる固定的な色彩の強い為替相場制度が維持されました。

 為替相場制度と資本移動に関するこうした政策的な不整合・矛盾を突いて、米国のヘッジファンドが97年にタイにはじまる各国の通貨売りを大規模に仕掛けたわけです。それを契機に、海外からの流入した資金が流出に転じ、通貨危機が起こりました。次に不良債権処理が課題となると、外国のインベストメントバンクや所謂禿鷹ファンドが不良資産のオフバランス化を推奨し、高額な手数料を得ながら、危機によって痛んだ企業資産を海外資本が安く買い叩くお膳立てをしたのです。こうしたことは日本にとってもけっして他人事ではありません。 政策の誤りがこのような「やられっぱなし」の事態を招いていることについて深く反省が求められるところです。

 次に資本市場の育成について言えば、経済の発展段階に適した段階的な取り組みが必要です。一足飛びの資本市場化とその対外的な開放は、脆弱な実体経済を巨額な国際資本の移動に曝すリスクを高めます。資本市場の透明性とコーポレート・ガバナンスを強化することによって、そうしたリスクを抑制できると説く向きもあります。いずれの強化も必要なことです。しかし、「高度に発達した」と言われる米国の株式市場のNASDAQで起こったことを考えてみれば、こうした議論は現在の国際的資本移動の原理的な不安定性を過少評価していると思います。米国のような市場でも過大な期待によるバブルとその崩壊は劇的に起こるのです。

 米国のNASADAQは昨年3月のピークの6.7兆ドルから今年4月の底値の2.4兆ドルまで、時価総額が4.3兆ドルも減少しました。経済の規模を考えれば、NASDAQの何分の1かの規模の国際的な資金流入と流出に直面するだけで、アジア諸国の実態経済へのショックは耐えがたいものになります。

3、結びとして、アジア諸国への日本の関与

 以上、不良債権問題という切り口でアジア金融市場の現状に触れ、その発展に適した金融システムのあり方を考えてみましたが、最後に一言日本とアジア諸国の関係に触れておきたいと思います。

 2000年にアジア諸国への日本からの直接投資は対前年比148%の高い伸びとなりました。日本の対アジア投資は98、99年にはアジア全体を覆った金融危機のため低迷しましたが、今後グローバルな企業間競争が益々厳しくなる中で、日本企業のアジアへのシフトは増加を続けることは間違いありません。日本の銀行も現在はまだリストラの過程にありますが、これまで以上にアジア重視のスタンスを強化しているのは、こうした動きから見ても必然的なことかと思います。

 また98年以降、IMFを補完するものとして地域的な通貨安定体制の議論が活発になっています。ご承知の通り、ASEAN+日中韓で、チェンマイ・イニシアティブによるバイラテラルな外貨流動性の供給システムの構築が進んでいます。また、常設機関を設立して資金をプールし、緊急時に対応するためのアジア通貨基金(AMF)構想も、有効な手段として引続き議論されております。

 IMFを中心とするグローバルな体制を補完し、より身近で柔軟な地域の通貨協調体制を構築する上で今後も日本が強いリーダーシップを発揮して行くべきでしょう。 更にFTAの締結等も視野に入れて、アジアの諸国と、共存共栄出来る、開かれた地域経済圏の発展を目指し、お互いに努力して行きたいと申し上げて私のコメントを終わります。

以上

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