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鄭 文 述(チョン・ムンスル) 未来産業社長(韓国)
新たな可能性を求めて……インターネット革命期におけるベンチャー経営
 韓国は今ベンチャーブームの最中

 韓国では、通貨危機によるIMFの管理下以降,ベンチャー企業が希望の星として脚光を浴び始めた。1997年末以降の経済危機によって低迷していた時期に、唯一活気に溢れていた部門である。韓国経済の中心である大企業から,ベンチャー企業に切り替えているという性急な診断が出ているほどである。私が経営している未来産業は,半導体装備を生産しているハイテクのベンチャー企業である。昨年設立したライコス・コリアは、インターネットのベンチャー企業である。ハイテクからインターネットへの変身は,韓国と日本の両国の企業が、関心を持っているテーマである。本日は,私の経験談を皆様にご紹介したいと思う。

 韓国におけるベンチャー企業は,すでに6,500社を超えている。今年の初めはベンチャー企業を立ち上げる数が、月平均300社ほどであったが、現在は500社以上であると推定される。IMFの経済危機下においても、廃業よりベンチャー企業を設立する会社の方が多かったという統計がある。このような韓国の際立つベンチャーブームは、果たしてどこに起因するのであろうか。アメリカは長期間に渡ってベンチャーの種を蒔き、その上に花を咲かせているのである。技術の面では、韓国より進んでいる日本においても、ベンチャーは比較的静かに発展している。しかし、韓国では急にベンチャーに資金が集まり、数多くの人々が起業の隊列に合流しているのである。

 最近の現象を肯定的にみると、韓国の猪突性や変化を受け入れる等による結果である。高速道路を建設しながら、半導体事業を推進しながら世の中を驚かせた底力を改めて発揮したのである。韓国のベンチャー企業は,IMF経済危機以降、急速に発展したのは事実である。ある外国の新聞社が、韓国のベンチャーブームはリストラされた失業者達の反乱であるという表現をしたことがある。

 しかし、ベンチャーは以前から韓国経済の奥深い所で、根を張っていたとみなければいけない。韓国経済は1980年代初頭から、メカトロニックスや情報通信を中心にベンチャーの芽を育ててきたのである。未来産業も、韓国でベンチャーという言葉が使われるようになった遥か以前の1983年に設立された。また、ターボテックやメディソン等、現在韓国のベンチャー企業の1世代走者と呼ばれる企業が、その当時からのベンチャー企業である。

 未来産業とライコス・コリアの成功要因:技術、自律、信頼

 私は,自分が望んで企業家になったのではない。18年間、公務員生活を送っている間は職場にだけ忠実で、事業や技術には全く関心がなかった。1980年に、他意によって仕事を辞めるようになったために、やむを得ず企業を立ち上げることになったのである。当時としては、最先端の無人ウェハー検査装備の開発に取り組んだものの、不渡りを出してしまい、一時は自殺まで考えた。その後7年ほどは苦労の連続であったものの、テストハンドラーの開発に成功してからは、会社に利益が出始めた。その後、韓国の半導体産業の発展と共に、成長の道を歩んできた。

 次にテストハンドラーを開発するにあたり、莫大な研究開発費用がかかってしまったために、テストハンドラーの基礎技術を応用した他の製品の開発に取り組み始めた。その結果、SMDマウンターの開発に成功し、事業の多角化経営に乗り出した。現在は、SMDマウンターの売上が、テストハンドラーの売り上げを超え、今年の初めには日本に輸出するまでに至る等、期待していた以上の成果を挙げている。

 ライコス・コリアは、半導体装備のソフトウェアー技術から飛躍した事業である。未来産業の技術者達が、インターネット事業の推進を提案し、1999年の中盤からはライコス・コリアの合弁という形になっている。

 ライコス・コリアは、サイトをオープンしてから10カ月後には、1日4500万ページビューを達成し、韓国最大のポータルサイトに成長した。これは、効果的なネットワークの構築戦略による結果である。年末までに資本参入と提携、ベンチャーインキュベーティング、海外のインターネットサイトとの合弁事業等を通じて、40〜50社のサイトを結んで、ネットワークを更に拡大していく計画を立てている。

 ライコス・コリアは、特に海外のネットワークの拡大に重点を置いている。シンガポールのシンテルと日本の住友グループから資金を誘致したのも、グローバルネットワークの拡張作業の一環である。アジア諸国企業との投資や提携により、ライコス・コリアを、アジアのインターネット産業の名実と共うポータルに育ていく計画である。

 未来産業とライコス・コリアは、周りからは比較的成功した事例として、評価されている。成功要因としては、技術、自律性、信頼の3つを挙げることができる。まず、最初からよそ見をせず、技術開発にだけ取り組んできたのが、このような結果をもたらしたのである。ウェハー検査装備、テストハンドラー、SMDマウンターの全てが、韓国の他の企業が挑戦をしては失敗した先端製品なのである。序盤は、技術開発に失敗を繰り返したしたものの、一端成功の経験をした後は、喚声が吹き始めたのである。インターネットも本質的には、技術産業と言える。

 次に、スタッフに対し、最大限に自律を保証して、創意を触発した。開発費を統制しようとした役員が、解雇された例もある。スタッフを自由にさせたことにより、彼らは優れたアイディアと献身的に報いてくれた。未来産業を初めて訪れる人達は、一見乱れているような雰囲気だとの印象を受けると言う。

 スタッフを事業のパートナーとして待遇をし、信頼を得るのも、重要な成功要因である。スタッフに財務情報を公開し、ストックオプションによって利益を分配している。親戚一族を経営から排除し,私は月給以外には会社の金は使わない。

 韓国はベンチャー型の民族

 韓国人は実に夢を見る民族であり、起業はその夢である。韓国人は、次のいくつかの点から、ベンチャー型の民族に数えられる。

 第一に、"価値"を求めるという価値観である。韓国人は、"名分と価値"を求める傾向が強い。自らが設定した価値基準に見合ったことであれば、誰でも率先して気持ち良く仕事をする。

 第二に、"活性化のエネルギー"である。韓国人はよく"鍋の特性"を持ち備えているといわれる。何か良い新たな仕事が見つかれば、短期間に多くの人々が関心を持って集まるのである。韓国で、本格的に普及してから何年も経たない携帯電話やインターネットをみれば、容易に理解できると思われる。このような鍋の特性は、所謂科学でいう"活性化のエネルギー"に違いない。

 第三に、"瞬発力"である。"早く、早く"という韓国人の特性は、何事も大雑把に終えてしまう悪い習性が、手抜きの原因であるとの指摘がある。しかし、これは逆に言えば、ベンチャーにピッタリの性格であると言える。ベンチャー企業の特性が、瞬発力であるからである。

 第四に、"肯定的な考え方"である。"5年後のあなたの生活はどのように変わるでしょうか"という質問に対し、アメリカや日本等では、約35%の人が"現在よりも良くなると思う"と答えるという。しかし、韓国人は、その割合が68%に達するという。

 第五に、勤勉性,所有欲、挑戦精神である。韓国人は,少しでも良くなるであろうという夢を抱いて、食べず、遊ばずに節約をする。このような"勤勉性"と"所有欲"そして変化を恐れない"挑戦精神"は、ベンチャーにピッタリの特性である。

 韓日におけるベンチャー協力の可能性

 このような5つの特性と共に、韓国人にはもう1つの重要な特性がある。それは"脈"を大事にするということである。脈を英語で表現するならば、ネットワークとなる訳であるが、これは21世紀型のベンチャー、特にインターネット企業に最も重要な徳目である。脈を重要視するということは、韓国人の特性であると同時にアジア人、特に日本人の特性でもあると言えよう。一度結ばれたご縁を大事にするとか、法や規則よりは、人情を優先させるといった点においても、全てを大事に思うからである。

 それだけに韓国と日本は、情緒的に協力の可能性が他のどの国よりも、高いと考えられる。このような理由からか,最近韓国と日本のインターネット・ベンチャーが、共同で事業を進めて行こうとする動きが相次いでいる。

 しかしながら、インターネット革命において、日本が遅れをとっているという指摘がなされている。通信費が高いためか、インターネットの普及率も低い方である。変化に敏感な日本が、なぜこのようになってしまったのであろうか。それは、多分次のような理由のためだと思われる。

 日本の通信は、NTTが独占している。このため、通信費がニューヨークより、4〜5倍も高いのである。面白いことに、このように高い通信費を払っていながらも、日本のインターネットの人口が、2,000万人にもなるという点である。これは、大変な潜在力である。万一、通信費が安くなれば、インターネットの人口は画期的に増えるものと思われる。

 インターネットは、端末機が繋がっているネットワークである。日本に初めてインターネットを取り入れた慶応大学の村井教授は,この端末機の製造技術が世界でトップである点を挙げ、条件さえ整えば、日本は急速にインタ−ネット大国になるであろうと指摘している。ここで、韓日間における協力の可能性を、改めて確認することができる。韓国のインターネット産業のソフトウェアーを、日本のハードウェアー技術と結合させれば、より大きな可能性を現実化させることができると思われる。

 無線のインターネットは、韓日間における協力の可能性が最も高い部門である。日本の携帯用コンピューターの普及規模は、300〜400万台にしか過ぎないものの、携帯電話の利用者は、4,500万人を超えている。日本政府がパソコンに基盤を置いたインターネットの使用においては、アメリカやヨーロッパに比べて遥かに遅れをとっているものの、無線のインターネット分野においては、対等な競争を展開できると主張するのも、このような理由からである。しかし、無線のインターネットも例外ではなく、ソフトウェアーの基盤、具体的にはコンテンツの基盤がなければ、限界をもたらすだけである。

 ライコス・コリアは、同好会サービスである"ライコス・クラブ"と"ジャバ・ゲーム"の運営ソフトウェアーを、ライコス・ジャパンに輸出した。このように、インターネット革命を日本より先に経験した韓国、特にライコス・コリアのようにコンテンツの質を高めることにより、成長モデルを実現している企業と、日本の無線インターネットのハード技術を結合させれば、新たな可能性が生まれてくると思われる。韓国と日本のインターネット企業間の結合は、アメリカとヨーロッパが二分してリードしている、世界のインターネット市場に挑戦することができる効果的な方策と考えられる。

 インターネット時代においても変わらないもの

 インターネットが、経済の新たな基盤として定着しつつある中、多くのものが変化している。実際に、多岐にわたって変わらなければいけない。しかし、経済の中心が企業という形態によって存在する限り、変わってはいけないものがある。それは、正に"道義"である。企業家としての道義、即ち"商道義"というのは、変わってはいけないのである。世の中がいくら変化しても、商道義だけは徹底して守らなければいけない。商道義は、ビジネスを価値創出の先循環に導く動力になるからである。商道義は、インターネットを中心とするビジネスにおいても、同様に通用するのである。

 未来産業はハイテク装備の分野において、またライコス・コリアはインターネット分野において、韓国と日本、ひいてはアジアにおける企業間の協力関係を強化していく方針である。特に、人と人との出会いによって、人間臭さが漂う場作りを確立するのに、寄与したいと考えている。ベンチャーは,金に比べて軽視されている甲斐の意味合いを取り戻すために、先頭に立っていかなければいけない。意味のある技術を開発して起業家精神を発揮することは、ベンチャーの遣り甲斐であると同時に、社会の甲斐でもある。インターネット時代においても、"会社を立ち上げる喜び"は、今後とも大切である。ベンチャーは、社会運動であり、また時代の精神でもある。

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