東アジアの安定と中国の役割
リー・クアンユー・シンガポール上級相とロバート・スカラピーノ米カリフォルニア大学バークレー校名誉教授は8日夕、国際交流会議「アジアの未来」会場の帝国ホテルで「『東アジアの奇跡』は再来するか」をテーマに対談した。司会は小島明・日本経済新聞社常務取締役論説主幹。主な内容は以下の通り。
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リー・クアンユー氏 |
――アジア経済危機の本質は何だったのか。
リー 世界の金融システムが誤った方向へ向かったことを示す初めての現象だった。アジア経済は急速に回復しているが、銀行の不良債権や金融制度の未整備など問題は残ったままだ。また危機に見舞われる可能性も否定できない。
スカラピーノ 危機から得られた教訓は、すべての時代に通じる政策はない、ということだ。危機を受け、各国政府は透明性の向上や不良債権処理など短期間に戦略を変更しようとした。しかし改革は一部にとどまっている。明確なのは昔の秩序に戻ることはできず、グローバリゼーションとともに生きなければならないということだ。
――危機後、改革は進んだと見るか。
リー 国際通貨基金(IMF)も、ファンドマネジャーも、だれも満足していないと思う。危機がひっ迫性を失って政府も改革を進めにくくなった。もう一つ注意すべきなのは情報技術(IT)戦略だ。インターネットへの対応は国や企業の成長性、収益性を左右する。
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ロバート・A・スカラピーノ氏 |
――アジアの「ニューエコノミー」の可能性をどう評価するか。
スカラピーノ ITの普及で即時に情報を集められるようになる。しかしその結果、指導層が意思決定の際に熟考する時間がなくなるという問題が生じるだろう。
――「アジア通貨基金」(AMF)構想についてどう考えるか。
スカラピーノ 基本的に反対ではない。ただ現段階で米国をアジアから排除する考えは決してよくない。
リー 仮にアジア通貨危機の際にAMFができていたとしても、状況を変えただろうか。最終的には無駄遣いに終わりマイナス効果が大きかったのではないか。
――「アジア」という共同体意識が生まれてきたのではないか。
リー 通貨危機以降、金融分野で(何か起きた場合でも)大国の力を借りず自分たちだけで対処しようという仲間意識が出てくることは健全なことだ。
スカラピーノ アジアで相互依存が深まっているのは確かだ。ただ、朝鮮半島問題などが存在しており、各国が相互信頼を確立し真の共同体を作れるかどうかには懐疑的だ。
――米国には自由な価格形成と健全な財政運営があれば、経済はすべてうまくいくという考え方がある。これに対しては、国によって処方せんは異なるという反論があるが。
スカラピーノ そうした米国の考え方は単純すぎる。
――アジアの発展の中で中国が果たす役割は。
リー 未来予測は難しい。ただ米欧で教育を受けた30-40歳代の中国の若い人は私と英語で話す。彼らが指導者になるころには今とは全く異なる国になっているに違いない。
スカラピーノ 指導者が思想家からテクノクラートに変わり、イデオロギーはプラグマティズムに移行した。今後は言論の自由が広がるだろう。ただインテリ層は速すぎる開放が安定を失わせるのではないかと心配している。発展と安定のバランスが大切だ。
――アジアが再び目覚ましい発展を遂げるための条件は。
リー 米国経済のソフトランディングを期待している。インターネットなどITの活用で成長パターンは多様化するだろう。北東アジアで実績を上げると思われる国・地域は日本、韓国、香港、中国。東南アジアではシンガポールやマレーシアに比べてインドネシアとフィリピンは対応が遅れている。
WTOに中国が加盟すれば、他の国は外資誘致が難しくなる。法の支配が確立すれば、中国は強力な競争相手となる。
スカラピーノ WTO加盟は中国にとって長い目で見てプラスとなろう。
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