経済けん引、日本に期待
改革の推進に全力

 司会 日本経済の現状と見通しは。

 宮沢氏 日本は現在、少子化による人口減少が進行しており、年金、医療保険などの改革を進めなければ生き延びられない。今の日本に危機に直面するアジア経済を救うだけの輸入を増やす力はない。目下の課題は銀行の不良債権をバランスシートから消すことと、法人税、所得税についてどの程度の規模で恒久減税を実施できるかだ。来年の今ごろにはトンネルの先に光が見えるかもしれない。

世界に門戸開放を・米の景気維持願う

 リー・クアンユー氏 今ほど日本が悲観的になったことはない。官僚への不信感が生じているだけではなくシステム全体への信頼が失われているようだ。だが、日本は世界で最も優れた製品輸出国であり膨大な個人資産、政府の対外資産もあり、問題から抜け出るだけの力はある。

 旧来の日本のシステムはうまく働いていたが、米国は門戸を開放し、日本独自の仕組みではなく米国のルールを導入するよう求めた。日本は部分的な開放に踏み切ったが、中途半端なために非効率になっている。痛みを伴うが日本は完全に門戸を開く必要がある。10年もたてば日本は世界的なプレーヤーとなるだろう。問題は保護された環境に慣れてしまったことだ。

 宮沢氏 経済は消費者を中心として動かなければならないということが明らかになった。消費者が利益を受けるならば、どこの国の資本でもかまわない。それが経済のグローバル化だ。日本は(個人金融資産など)持つべきものは持っており、先行きを悲観してはいない。

 司会 バブルに近い状況にきた米国経済の調整が、アジアに大きな影響を与える恐れがある。

 リー氏 アジアの回復が順調に進み始めるまで米国景気が持ってくれるよう願う。米景気は様々な問題を抱えているとの指摘もある。米経済が軟着陸することを望む。

 宮沢氏 仮に米国経済が調整局面を迎えた場合、最初に影響を受けるのは輸出企業だ。だが、米国株が売られたとしてその資金はどこへ行くのか。大パニックが起こるとは思わない。

 司会 アジア金融・通貨危機の本質をどう見るか。

 宮沢氏 プラザ合意後の円高が95年に転換し、円安になって(自国通貨が)ドルに連動するアジア各国の競争力が減退した。ドル連動相場制では為替リスクがないため、外資が大量に流入したが、為替が割高になって貿易収支が悪化すると外貨準備高が少ないこともあり、危機につながった。しかし、それらの国々は国民が勤勉なうえ、政府が過剰な外貨調達をしていない。金融システムが弱くても、それは今始まった話ではない。

 リー氏 タイ、インドネシア、韓国の危機は過剰な外貨建て借り入れが原因だ。円安への転換と94年の中国の人民元切り下げによって国際収支が悪化したのに、借り入れを続けてきた。事態を悪化させたのは、信頼感の危機だとの認識が不足していたことだ。苦痛を伴うリストラをもっと早く受け入れていれば、(インドネシア通貨の)ルピアはこんなに下落していなかった。政治のリーダーは、瞬時にして資本が移動するような状況の変化を理解しなければならない。

 司会 今回のアジア危機はアジアだけの問題ではなく、短期の資本移動など「グローバル化した資本主義のもたらしたもの」という提起もあるが。

 宮沢氏 短期資本の自由化が悪いという議論は難しい。問題はアジア各国の政府が民間の外貨債務を把握していなかったことだ。

 リー氏 チリは短期資本移動を規制しており、規制で身を守ることもできる。しかし、資金コストの安い市場からの調達を制約するのは、成長を鈍化させるリスクも持つ。今回のアジア危機については、長期にわたってドル連動性をとってきたことや、短期で調達した資金を国内で長期運用していたことが問題だった。

 司会 中国の人民元や香港ドルはどう動くだろうか。

 リー氏 政府首脳が繰り返し人民元を切り下げないと明言しており、1年は持つと思う。1300億ドルの外貨準備高もある。ただ、円相場が1ドル=150-170円程度まで下落すると難しい状況になる。アジア通貨の下落で94年に切り下げた効果はなくなった。そのため、住宅投資など内需振興に力を入れているが、アジアの通貨が安定してくれば調整に動くだろう。香港は観光業などが打撃を受けており、人民元が切り下げられれば(香港ドルも)調整が必要になる。

 宮沢氏 同感だ。中国が人民元を切り下げないことは世界的な評価を受けている。

(対談の司会者は小島明・日本経済新聞社取締役論説主幹)

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