内閣府発表の経済施策、
指標を中心に取材。
報道機関の使命と好奇心の両者を追求する。

記者
記者

東京・編集局 経済部
2010年入社
政治経済学部卒
※所属部局は取材時点のものです

CAREER STEP

2010年

入社 東京・編集局経済金融部(現・経済部)

霞が関の中央官庁を約4年間、保険会社を1年弱担当。入社1年目の終わりに東日本大震災が発生し、震災からの復興支援策が最初の大きな取材テーマに。

2015年

米州総局(ニューヨーク)

マーケットや金融機関の取材に加え、トランプ大統領が誕生した大統領選やアカデミー賞の授賞式まで、幅広い分野の取材機会に恵まれる。ニューヨークのFTのオフィスから中継するBSジャパンのニュース番組にも月に何度か出演。

2019年

東京・編集局経済部

古巣に戻り、再び霞が関の中央官庁で経済政策などの取材を担当。新人の頃に取材した人との思いがけない再会があると嬉しい。

なぜ就職先に日経を選んだのですか。

小さい時から文章を書くことが好きだったので、何かを書くことを仕事にできたら楽しそう、という単純な思いから新聞記者という仕事に興味を持ちました。実際になってみると、記者の仕事は人と会って取材をするのが全体の9割、記事を書くのは残りの1割程度……。学生時代に想像していた仕事とは少し違いましたが、様々な人からお話を聞き、自分なりに情報を整理して、1つの記事を準備する作業には奥深さを感じ、気付けば10年が経過しています。

日経の選考を受けたのは、学生時代に大学スポーツ新聞の記者をしていて、日本経済新聞の運動面の記事が大好きだったことが大きいですが、お金と幸福度の関係に興味があったこと、読者層が比較的はっきりしていること、グループ内にテレビ局や出版社などがあり、将来の選択肢が多そうなことも決め手となりました。入社後のことですが、Financial Timesが日経のグループに加わったり、英文媒体であるNikkei Asian Reviewが創刊されたりして、ますます日経の中でできることは増えていると思います。

現在の仕事内容を教えてください。

現在は経済部の記者として、霞が関にある内閣府という官庁の記者クラブに常駐しています。内閣府は幅広い業務を担当している巨大官庁ですが、その中でも私は政府による経済政策の策定や経済指標の発表を中心に取材をしています。

毎日のように大臣の会見や指標の発表があり、まずはそのカバーが仕事の基本となりますが、プラスアルファで記者に求められるのは他のメディアには載っていないような「独自ネタ」。たとえば政府の新たな施策をスクープできれば独自の記事になりますし、すでに公表されているデータを自分なりの視点で分析することも立派な日経オリジナルのニュースです。

取材対象は官庁の幹部や政治家だけでなく、民間シンクタンクのエコノミストや学者、経営者など幅広いです。2019年10月の消費税率引き上げ前後では、消費の実情を知るため、普段の買い物でもお店の人にさりげなく客入りを聞いたりしました。家族や友人と話をしていて記事のヒントを得ることもありますし、そういう意味ではオンとオフの境目はないかもしれません。

この仕事ならではの難しさと
面白さを教えてください。

報道機関としての使命を果たしながら、自分の好奇心を追求していくバランスが難しさでもあり、面白さでもあります。新聞は私の日記やSNSではないので、私が取材したいこと、書きたいことを好き勝手に書いていい場所ではないですが、一方で反響が大きい記事は自分が個人的な興味を持って、一生懸命取材したことだったりもします。自分自身も他の記者が書いた記事で読んでいて面白いと思うものは、記者の個人的な思いや執念が感じられるものであることが多いです。

記者になってからしばらくは「全読者の代表として取材する」「誰が読んでも面白いものを書く」といった意識を強く持っていましたが、最近は少し考えが変わりました。日経を読んでくださる方は年齢も性別も住んでいるところもバラバラです。一方で、日経にもいろいろなバックグラウンドや興味を持った記者がいます。とすれば、私なら「アラサー」「働く女性」など自分の属性に立ちながら取材したり記事を書いたりしていくことが、結果的に日経の紙面の多様性につながるのではないかと思っています。

今後のビジョンを教えてください。

ニューヨーク駐在の締めくくりに「ミレニアルの憂鬱」という全5回の連載を企画し、レディー・ガガやドラマの「セックス・アンド・ザ・シティ」など日経としてはやや異色のテーマを扱った記事を書きました。これまでは何かを思いついても「こんな記事は日経っぽくないかな」「バカにされるんじゃないか」などと提案をためらうことが正直多かったのですが、挑戦的な内容を認めてくれた日経に懐の広さを感じましたし、知らず知らずのうちに制限をしていたのは自分自身だったかもしれないと反省しました。

これまでの10年間は国内外で幅広い分野を取材する機会に恵まれ、自分の知見を何十倍にも広げることができました。これから先は「この分野なら誰にも負けない」というものを早く見つけ、その道を極めていくのが目標です。ネット社会の成長とともにメディアの数は報道・娯楽ともに増え、人々の限られた時間やお金を奪い合う厳しい時代に入っています。続きが気になるドラマにも負けないつもりで、魅力的なコンテンツを作り出す意識を大事にしたいと考えています。