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企業買収でプレミアムを払うわけ 〜経営改善効果と私的便益

  • 中央大学専門職大学院 国際会計研究科(アカウンティングスクール)教授・鈴木一功氏
  • 東京大学法学部卒
  • 1986年富士銀行入社。INSEAD(欧州経営大学院)MBA、ロンドン大学金融経済学博士(Ph.D. in Finance)。富士銀行のM&A部門で企業価値評価モデルの開発等を担当。2001年4月より現職(企業金融・企業価値評価論担当)

買収プレミアム、いわゆるコントロール・プレミアム、にどのような傾向があるかを中心に、買収プレミアムをファイナンス理論ではどう分析するのかが、今日のテーマです。まず、買収プレミアムとは何で、どうして発生するのかについて考察し、これが企業買収に与える影響について説明します。また、買収プレミアムの要因は、理論的に2つの部分に分解できるとされているのですが、日本のデータでこの分解を試みると日本ではどのような傾向が見られるかについてお話ししたいと思います。

少数株主持ち分価格に上乗せ

まず、買収プレミアムとは、「経営に影響力を持つだけの割合の株式を取得する場合に支払う対価の上乗せ分」です。企業支配権に対するプレミアム、コントロール・プレミアムなどとも呼ばれます。一般的には、企業経営に影響を持つだけの割合の持ち分を取得する際に支払われる価格と、少数株主持ち分の価格の差になります。上場企業にTOB(株式公開買い付け)が実施された場合であれば、TOB発表前の株価と公開買い付け価格との差が買収プレミアムと考えられます。非上場企業であれば、現在の経営陣の下での割引キャッシュフロー法(DCF)予測を基に求めた企業価値に対する買収価格のプラスアルファ分です。

経営を直接支配したり、経営に重要な影響を与えられるような持ち分は、少数株主持ち分以上の価値があると考えることが、買収プレミアムが存在する前提です。M&A(合併・買収)の実務の現場では買収プレミアムは浸透していて、「経営権を取るのですから市場株価に2、3割乗せてください」などという話が交渉の中で出てきます。米国では、買収プレミアムは通常10%から50%などといわれていますが、敵対的な買収の場合には100%を超えるケースもあります。

そもそも、買収プレミアムを払う理由は何でしょうか。プレミアムを払うからには、それなりの経済合理性があるはずです。学問的には、買収プレミアムの経済的源泉は、企業経営権や支配権の保有による「少数株主に帰属する将来のキャッシュフローを超える経済的効用」であると考えます。つまり、支配的な持ち分を持つことで、少数株主には得られないような経済的、具体的なメリットがあり、その金額をベースに買収プレミアムは支払われる、と考えます。

2つの便益に分解

買収プレミアムの源泉

買収プレミアムに関する理論は、GrossmanとHartという2名の学者が提唱した理論を起点に、一般には2つの便益(メリット)に分解して理解されています。1つは、経営者が交代して経営改善をすると、将来の企業のキャッシュフローの価値が上がり、ひいては企業の価値が上がるという効用です。経営改善の効果が大きければ、株価に買収プレミアムを乗せて買収したとしても、買収後に経営改善によって株価が買収価格以上に高くなれば、買収者はメリットが得られることになります。この部分をキャッシュフロー便益と呼びます。2つ目は企業経営への参画で企業から支配株主にもたらされる、私的便益(プライベートベネフィット)という個人的な効用です。実際の買収プレミアムをこれら2つの便益の部分に分解する手法を、BarclayとHoldernessが提唱しており、これからお話しする日本のデータの分析においてもこの手法を用いています。