日経バリュー|マーケティングからみたメディアの役割
“脳を広げる”メディアが
消費者の心を豊かにする
早稲田大学ビジネススクール教授 内田和成
ネット広告だけでは、需要喚起や市場創造はできない――。マーケティング戦略やグローバル戦略を研究し、コンサルタントでもある早稲田大学の内田和成教授はこう話す。インターネットが台頭する中で今後、企業のマーケティング戦略はどうあるべきかを聞いた。
日経バリュー| マス広告が減っているのは ネット広告に流れたからではない
――ネットの台頭もあって、新聞や雑誌の広告が苦戦している現状について、マーケティングの観点からどう分析されていますか?
内田 まず、新聞や雑誌の広告需要の減少の理由のすべてが「ネットに流れたから」ではないことを、きちんと認識すべきです。

マーケティングには、「リーチ」と「リッチネス」という考え方があります。
「リーチ」は、どれだけの人に到達できるかを示します。対話は1人、講演は数十から数百人、雑誌は数十万人、新聞だと数百万人、テレビは数千万人に到達できます。
「リッチネス」は、伝わる情報量の奥行きやコンテンツの深さです。当然、1対1で話した方がリッチネスは高く、対象が増えれば増えるほど低くなります。
ネットという革新的な媒体を考える時、広告における「リーチ」と「リッチネス」をもう一度、考えてみる必要があります。
例えば、新聞や雑誌などは、多くの人に興味を持たせるコンテンツを提供するため、広告においてもリーチのいい媒体です。一方、リッチネスに関しては、専門情報に特化した情報を持ち、技術的にも双方向性や、検索が可能なネットの方が有利だと言えます。
つまり、新聞・雑誌とネットは特性が大きく異なるのです。大企業が新聞や雑誌の広告を減らしたのは、「ネットが伸びたから」ではなく、大勢にリーチすればよいという「今までの広告のあり方で本当に効果があるのか」と疑問を持ち始めたからです。
日経バリュー| 広告を販促手段と考えていると 市場創造や需要喚起はできない
――では、企業はこれから、新聞・雑誌の広告をどう活用していけばいいのでしょうか
内田 市場が伸びていく時には、極論すれば、「商品名」を連呼していればいい。しかし、日本のような成熟社会の中にいる企業にとって大切なのは、「市場創造」「需要喚起」、そして「差別化」です。

ネットには技術的特性から、一種のセールスチャネルとしての機能、つまり、広告というより販売促進のツールとして非常に有用だという特徴があります。広告費があたかも販促費、あるいは営業マンの人件費のようにとらえれば、「コストが安いほど効率が良い」という考えでネット広告に流れる傾向も確かにあるでしょう。
しかし、広告を単に販売促進のツールととらえているだけでよいのでしょうか。販売促進は既に顕在化した需要を取り込むには適していますが、新たな需要が開拓できない限り、どこかで先細ってしまいます。つまり、企業側には市場創造や需要喚起をする必要があり、そこではリーチで特徴づけられるマスメディアが適しているのではないでしょうか。
ネットの場合、利用の動機は情報のリッチネスになりがちです。特に「リポートを書くため」とか、「A製品とB製品を比較したい」といったように、目的を持って利用する場合は、自分の意識に強烈なフィルターがかかった状態でネットと向き合います。目的を持って利用する以上、視野が狭くなるのは当たり前です。利用者自身が意図的に動かない限り、意外性や偶然の出会いはあまり期待できないでしょう。
私は、ネットの役割は“脳を深めていく”ことであり、新聞や雑誌の役割は“脳を広げていく”こと――ではないかと思っています。“脳を広げる”とは、受け手の心に「何かしたい」とか、「こういうふうになりたい」といった「欲求」を芽生えさせることです。企業が市場創造や需要喚起をしていくには、消費者に心が豊かになる、気持ちが良くなるといったメッセージを届ける必要があります。それを可能にするのが、新聞や雑誌の広告でしょう。
新聞や雑誌などのマスメディアの広告は、そのメディアが提供してきたコンテンツに裏打ちされた長い歴史や醸し出す雰囲気があり、個人の発想やニーズを豊かにしてくれる役割を担っています。これからの新聞や雑誌の広告を考える時、その利点を忘れてはいけないと思うのです。

プロフィル
内田和成(うちだ・かずなり)
東京大学工学部卒業。慶應義塾大学ビジネス・スクールで経営学修士(MBA)取得。日本航空、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)日本代表を経て、現在、早稲田大学ビジネススクール教授、BCGシニア・アドバイザー。2006年度に世界の有力コンサルタントのトップ25人に選出される。



