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2000年 地球人は
第1部 翔ける人々

「日本経済新聞 1面企画」


(1)世界がフロンティア

 バチカン大聖堂の壇上で白い法衣(ほうえ)が輝く。2000年1月1日。ローマ法王ヨハネ・パウロ2世は新しいミレニアム(千年紀)を世界とともに祝う。

 「グローバル化は人類に驚異的な飛躍の機会をもたらす。それを生かすには人間性が優位に立つ必要がある。国家にほかの価値を従わせるような思想は放棄しよう」

 国家より個人を優先する社会に人類の大きな可能性をみる法王。そのことば通り、「国」を軽々と越えて、人々が走りだした。

 1999年秋、カリブ海に浮かぶ国グレナダのホテルに蝶(ちょう)ネクタイの紳士が現れた。パキスタン系英国人のサンワル・アリ氏(34)。米国で会社を経営する中国人と合流し、ひとつの商談をまとめた。商品は、国籍である。

 自由な往来を求め市場で国籍購入

 中南米のいくつかの国はまとまった投資をすることを条件に政府が外国人に国籍を売る。合法的な「国籍市場」。アリ氏は約1万ドルの手数料で売買を仲介している。

 ロンドンの事務所に中国人から電子メールが届いたのは2カ月前だった。「予算3万ドルで日米欧に出入国が自由な身分を希望」。中国籍しか持たないため多くの国で入国査証(ビザ)を取るのに手間がかかり、不便なのだという。

 グレナダ国籍は新しいお薦め商品だった。人気のあったカリブ海のドミニカ籍は先進国の入国審査が面倒になったといううわさがたった。「国籍は市場商品。便利でなくなれば価値は下がる」。中国人はアリ氏の話にうなずいた。

 国籍は、国民の帰属意識の象徴ではもはやなくなりつつある。それはアリ氏の客に限らない。

 ニューヨーク・マンハッタン島を眼下に望むアパートの一室に、その会社はあった。「自宅の設計を頼みたい」「本の編集を依頼したい」「150ドルで引き受ける」。個人や企業がインターネットで頼みたい仕事を持ち込むと、次々に応札されていく。“単品”の仕事をネットで競売する会社だ。

 1999年11月、この会社のパソコンに英国中部の町から入札があった。「大学図書館の検索システムを月内に完成できる人を求む」。早速、インドの工科大学の学生が50ドルで応札する。米国、台湾、イスラエルと応札者が増え、2日後には7人に。応札価格は30ドルに下がった。このとき名乗りを上げたのがロシアのサンクトペテルブルクに住むソフト技術者イリヤ・オウソフ氏(28)。25ドルで世界のライバルに競り勝った瞬間、背中を快感が突き抜けた。

 母国語を守るため「言葉のマルサ」

 古代ギリシャの科学者アルキメデスは金の純度の測り方をふろ場で思いついた時、「ユーレカ(われ発見せり)」と叫んだ。19世紀、フロンティアを求め北米大陸の太平洋岸にたどりついた人々は、その土地にこの名をつける。

 オウソフ氏もフロンティアを探し当てた。勤めていた会社を辞めて1年弱。生活安定の保証はないが、それに勝る生き場所がそこにあった。「一度も旧ソ連から出たことのない僕も、世界で仕事ができる」。情報をどことでも瞬時にやりとりできるデジタル革命が、彼に国を越える力を与えた。

 国を越えて新天地を求めた人々は、ちょうど100年前にもいた。「門戸開放」の掛け声とともに中国を目指した米国人である。

 1900年、北京で列強11カ国の公使が円卓を囲んだ。義和団の乱鎮圧を受け、清国との和平案をまとめる会議だった。

 「清国への不干渉」を掲げた米国。中国に市場を求めるだけという立場だったが、結局は租界など権益獲得に突き進む。日本の外交記録にジョン・ヘイ国務長官の発言が残っている。「不干渉の国是は固守する。ただ現地公使が列強と連合するのは構わない」。フロンティア探しは輝きを失った。

 産業革命以降、貿易が飛躍的に伸び、世界の人口移動も急拡大した。だが、100年前のグローバル化は、どん欲に国益を追求する帝国主義にのみ込まれ、挫折した。

 国が後ろに退いた2000年のグローバル社会も、行く手に不安がないわけではない。

 1999年秋、バルト3国のひとつエストニアの首都タリンで国語監督庁長官のイルマール・トムスク氏(35)が匿名の電話に耳を傾けていた。「ここの役場はエストニア語が通じなくて困る」。受話器を置き、地図をにらむ。やがて、役場の職員の国語能力をチェックする査察を指示。「ことばのマルサ」たち20人が現場に散った。

 この国では人口150万人のうち日常、エストニア語を使うのは100万人だけ。長いソ連支配が固有の言語を衰退させた。まず、役所や学校、病院で母国語を復活させようと始めたのが国語査察。「能力不足」と判定された職員は解雇されることもある。

 人口の96%をロシア系が占め何度も査察が入った町ナルバ。エストニア語を教える国語学習センターにロシア系の警官ユーリ・イェゴロフ氏(28)の姿もあった。「自国の言葉を勉強するのは当たり前さ」。解雇の不安が頭をよぎるのか、表情は硬かった。

 多様な文化をひとつの鋳型にはめようとした旧ソ連は、逆に民族意識の角をとがらせた。国語査察は旧ソ連の負の遺産である。「確かに強硬な手段だけど、母国語を守るためなんだ。しょうがないよ」。トムスク氏はつぶやいた。

 血統主義を廃止、100万人がドイツ人

 ナチスのゲッベルスが率いたベルリンの旧宣伝省。その建物で、ドイツ新国籍法の広報責任者ベルント・クノップ氏(38)が1枚のポスターを手に、熱心に説明し始めた。「2000年は歴史的な変革の年です。国内に住む100万人もの外国人が年内にドイツ人になるんです」。「典型的ドイツ人」と書かれたポスターには、トルコ系の若者が写っていた。

 ドイツはどちらかの親がドイツ人でないと国籍を与えない制度を採用してきた。日本と同じ血統主義だ。新国籍法でこれを、国内で生まれた子供なら自動的に国籍を与える出生地主義に転換する。

 保守派の反発が強く、ポスター作りはネオナチの攻撃を警戒しながらの極秘作業だった。「ドイツ民族の国という意識のままだと外国人の力を引き出せず、英国やフランスに後れをとる」。危機感がクノップ氏を突き動かした。

 ひとつの民族としてまとまろうとする力と、国を越え世界に広がろうとする力。その相克をどう解きほぐし、多様な文化を包み込んでいくのか。グローバル社会を象徴する課題を背負って、ドイツ新国籍法は1月1日に発効する。

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