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宙に浮いた体が落ちた瞬間、吉田のうめき声が聞こえた。一本負けを防ごうと、反射的に右手を畳に突いた。だが、落下の勢いを止められず、ひじがグニャリと逆に曲がって倒れた。
3回戦で一本負け。担架で運び出された吉田は、敗者復活戦を棄権した。病院で診断を受けた結果、「右ひじ関節脱きゅう」(全治約5週間)。2大会ぶりの金メダルを目指した31歳の挑戦は、思わぬ形で幕を閉じた。
相手のオノラト(ブラジル)は世界的には無名の選手。43秒、吉田が得意の内またを仕掛けたところを、逆に内またをかけられた。母校明大の先輩でもある上村春樹・強化副委員長は、「勝負の怖さです。練習でも、あそこまでのタイミングではかからない。一生に一度の負け方だった」と話した。
1997年4月に明大の柔道部監督に就任。選手と指導者を兼ねて、3度目の五輪に挑んだ。バルセロナで頂点に立ち、アトランタでは初戦負け。大会前に「五輪は天国か地獄、二つに一つしかない」と話していたが、最後のチャンスともいえるシドニーで悪夢のような残酷な結果に終わった。(岩本一典)
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