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「線が細く破壊力はなかったが、センスの良さは抜群だった」。滝本選手が中学、高校時代に学んだ全寮制の柔道塾「講道学舎」(東京・世田谷)の監督、持田治也さん(35)は中学入学当時の滝本選手の印象をこう振り返る。
寡黙で自分の感情を表に出さないタイプ。そんな滝本選手が初めて涙を見せたのは中学3年の時。全国大会の団体戦の準々決勝で自らの敗戦がきっかけとなり、チームは負けた。「あの敗戦を契機に滝本は変わった。自分に厳しくなった」という。高校3年のインターハイでは団体、個人で優勝を成し遂げた。
ところが、日大時代に肝臓を患い、1年ほど入院。復帰しても体力、試合のカンが戻らず、試合で勝てない日が続き、4年前のアトランタ五輪の代表に漏れた。不運はつきまとい、国内大会で優勝しながら、昨年10月の世界選手権での出場を逃した。
シドニーに旅立つ前、滝本選手は講道学舎を訪れ、後輩たちと一緒に汗を流した。「今の調子なら大丈夫」。持田さんが掛けた言葉に返答はなかったが、滝本選手の表情には自信がみなぎっていたという。
「10年以上にわたって見てきたが、様々な壁を克服しての金メダル。たくましくなった」。持田さんは声を詰まらせた。 |