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田村の優勝が決まると、日の丸がはためく会場は異様な盛り上がり。ざわつきが消えない中で決勝を迎え、集中しにくい状況に思えたが、腹の据わった万能柔道家に動揺は全くない。
「アトランタは同じ日に決勝で向こうが負けて、僕が優勝。逆にならんように、気を引き締めた」とあっけらかんと言い放った。
開始から10秒あまり。鄭富競(韓国)の内またを返すと、押しつぶすように投げて一本勝ちした。どういう技で勝ったのかもわからず、「あー勝ったんや、みたいな感じ」。アトランタに続く連覇の瞬間だった。
日本選手では、1984年のロサンゼルス、88年のソウルで95キロ超級を制した斉藤仁(全日本男子コーチ)以来、史上2人目となる五輪連覇。軽量級では国内外を通じ、正式競技に採用された64年の東京以来、初の快挙である。
「軽量級はスピードとスタミナが要求される。だからピークも早いし、選手寿命も短いんです」と野村は言う。叔父の豊和氏、母校天理大の先輩、細川伸2.全日本担当コーチは、ともに軽量級の五輪金メダリスト。その2人に立ちはだかった二大会目の壁を、乗り越えた。
アトランタで頂点に立ち、97年パリの世界選手権で初優勝すると、目標を失い、無気力な状態に陥った。練習に身が入らず、国内の大会でも勝てなくなった。「1番苦しかった」という時期。だが、昨秋の英国・バーミンガムでの世界選手権で代表を逃すと、挑戦心が再燃した。
世界的にはまだ無名に近かったアトランタとは違って、本命視される重圧がかかる中での金メダル。だから「今回の方が喜びは大きいです」。大会前は最後の五輪と言っていたが、試合後は「4年後、三連覇できるかなと、頭にちょっとよぎってきている」。そのくらい、野村の柔道は完成度が高い。(岩本一典)
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