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世界の分厚い壁にまたもはね返された。男子200メートル準決勝。日本は2人のスプリンターを送り込んだ。30歳のエース、伊東と20歳の新鋭、末続。東海大の先輩と後輩はともに2組を走ったが、決勝に進める4着以内には入れなかった。
8コースの伊東は、レースではあまりしない腕時計を右手にした。1996年アトランタ五輪でつけたら準決勝進出。縁起を担いだ。だがコーナーから遅れ、直線でも伸びなかった。20秒67の7着。「現状では精いっぱい」と話した。
2コースの末続は、スタート前は余裕も感じさせた。だが、直線では完全に上体をあおる悪い走りで伸びない。「きのうで燃料がなくなった。前半で使い切ってしまった」。20秒69の最下位(8着)だった。
伊東はかつて、大学の先輩で、92年バルセロナ五輪400メートル8位の高野進コーチから「世界のファイナリスト(決勝進出者)を目指すなら、おれとは違う種目で狙ってみろ」と言われたという。
元400メートル選手の伊東は、だから200メートルを「自分の種目」とこだわった。98年には日本記録を20秒16まで短縮。だが、最近は故障続きで「この大会でやめるつもりだった。課題ができたのでしばらく時間を置かないと何とも言えないが…」とレース後、話した。
すぐに一線を退くことはなくても、4年後のアテネ五輪まで力を維持するのは難しい。「同じ大学の高野さんから、わたし、末続へと引き継げた」。夢を後輩に託す発言をした。
末続は「ゴールする前、横を見たら、伊東さんがいた。調子が悪くてもあんなにやるんだな」と衝撃を受けた。先輩の強烈なエールと受け止め「道を開いてもらった」。夢を託された使命感をのぞかせた。(共同)
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