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だれよりも、走ることが好き。それが、だれにも負けない強さにつながった。日本女子マラソンのエース高橋が、五輪の大舞台で真っ先にゴールに飛び込んだ。2時間23分14秒の優勝タイムは16年ぶりの五輪最高記録だった。
バルセロナ五輪で銀、アトランタ五輪で銅と、有森(当時リクルート)が2大会連続でメダルを獲得。そのメダルの色がついに南半球の空の下で、金色の輝きに変わった。「声援が途切れなくて42キロとは思えないほど短く感じた。(金メダルの)実感はまだ。あしたの朝も走っていそう」。何度も笑みがこぼれた。
約20人の先頭集団。高橋はまず18キロすぎで仕掛け、20キロすぎでは先頭は3人に。そこから市橋が脱落。27キロ付近からシモンとの一騎打ちになった。
シモンは、今年1月の大阪国際で弘山晴美(資生堂)にトラックで逆転勝ちしたように驚異的な粘りが持ち味。1万メートルでも世界レベルの力を持つだけに、できればトラック勝負は避けたかった。だから「割とアップダウンが好きなので、32キロから35キロの間の坂で、ペースを上げ下げしようと思った」。
小さな坂が連続する住宅街の35キロ手前で、サングラスを投げ捨て一気にスパートし、独走。最後は足が止まり、8秒差まで迫られたが、逃げ切った。苦もんの表情を達成感いっぱいの笑顔に変え、両手を天に突き上げた。
マラソンは高速化の時代。高橋の強さの一つは、それに10分対応できるフォームを最初から身につけていたことだった。キックするのではなく、地面に足をすっと置き、重心を前に移動させる。軽快な腕振りとのタイミングのよさが、まるで車のタイヤのような高速回転を生んでいる。
小出義雄コーチは「走りに無理がない。中距離的な走り方でブレーキがかからない」と絶賛。さらに「切り替えがきく。教えてできるものではない」。その言葉通り、今回、「五輪史上最もタフなコース」とされたアップダウンの多いコースを、見事なギアチェンジで快走した。
「タイヤ」を動かす「エンジン」にも秘密がある。高橋の1分間の脈拍は35程度。通常の人よりはるかに少なく、「1回に血液を押し出す心臓の力がすごい。それが回復力につながる」と同コーチは感心した。
岐阜・県岐阜商高時代の終盤は、近くの競技場が使えず、金華山がホームグラウンドだった。そこを登ることで、足腰も鍛えられ、くしくも、起伏の激しいシドニーのコースに対応する下地がつくられていた。
「五輪を包み込んでしまうような力をつけたい。節目だけど、これで終わるわけじゃない。そこからステップがあればいい」と臨んだ初の五輪。周到に準備を積んだエースが実力をきっちり示し、何度も、何度も笑顔を輝かせた。(共同)
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