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【シドニー24日共同】35キロ手前でサングラスを捨てエンジンを全開、独走に入った。スタンドの大歓声に迎えられ、両手を高く上げてゴールの青いテープを切った。声援を送り続けた大観衆に向かって「ありがとう」と何度も頭を下げた。満面の笑み。24日の女子マラソンで念願の金メダルを獲得した高橋尚子選手(28)。「みなさんのおかげで無事ゴールにたどり着けた」と喜びをかみしめた。
県立岐阜商高2年で出た全国駅伝は区間42位に終わった。でも街の景色やにおいを感じながら、こつこつ走り続けた。
「おまえはマラソンで世界一になれるよ」
大阪学院大を卒業後、出会った小出義雄コーチ(61)は、走ることが何より好きな女性にこう言い続けた。
2人三脚は1998年のバンコク・アジア大会で結実。世界歴代5位の日本最高を記録し、シドニー五輪での金メダルも視界に入った。
五輪出場権を取ろうと臨んだ99年8月のセビリア世界選手権。直前に足の付け根をけがした。小出コーチは「痛み止めを打ってまで走らせたくない」と欠場を選んだ。将来を心配した。チャンスは残っていたからだ。
トレーニングと炊事、洗濯のほかに「高橋にブレーキをかけてあげること」が小出コーチの仕事に加わった。けがをせずにスタートラインに立つために。
中沢さんは大学4年の教育実習で母校を訪ねた高橋選手に説いた言葉を思い出す。
「あの子には、選手を信頼して育ててくれる指導者じゃないといけない。『日本一の指導者のもとで精いっぱいやってみて、それで駄目だったらおまえは終わり』と話しました」
駆けっこが大好きなコーチとランナーはこうして結ばれた。
「生活のために走る有森裕子。人に負けたくないから走った鈴木博美。でも好きだから走るのが高橋」と小出コーチ。
マラソンの楽しさを高橋選手はこう語る。「わたしが走ることで多くの人が声援してくれて、みんなで力を合わせてやってきたことが形になる」
五輪の年が明け、高橋選手が中沢先生にあてた年賀状にはこうあった。
「昨年は空回りの1年でしたが、その分、今年はエネルギーを爆発させます。走る楽しさをみんなに教えてあげてください」
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