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22歳。まだ表情にはあどけなさが残る。しかし市橋は、常に自分を鼓舞するように「1番いい色のメダルを狙う」と強気に言い続けてきた。その言葉通り、初の五輪の舞台で積極的なレースをした。
日本のエース高橋、シモンとの先頭集団で軽快に走った。しかし27キロ付近で、高橋とシモンから遅れ、ゴールは15位だった。
15歳の春、単身、徳島から東京へ移り住んだ。日本陸連がテスト導入した一貫指導システムを受けるためだ。
東京では戸板女高で学んだが、陸上部には在籍せず、一般の大会でシニア選手と戦った。最初から対等に争えるはずはなかったが、将来のマラソン挑戦をしっかりと視野に入れた長期計画で、力を磨いてきた。
エース高橋が、直前の故障で欠場した昨年の世界選手権セビリア大会で、堂々の2位。もともと2004年アテネ五輪を目標としていた英才ランナーは、五輪初挑戦のシドニーでの経験を、次のアテネで生かすことになる。(共同)
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