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世界のトップクラスの充実ぶりを誇る日本女子マラソンのエース高橋が、待ちに待った五輪金メダルを獲得した。
瀬古利彦、中山竹通、宗茂、猛の兄弟がいた1970-80年代の男子の黄金時代でも手が届かなかった五輪の金メダル。激しい国内選考争いを勝ち抜いたシドニー五輪代表は、男子に代わって世界に実力を示してきた女子の集大成だった。
日本の女子マラソンは、企業スポーツとして隆盛した。努力、忍耐、清廉さなどのイメージと重なる女子長距離は、企業にはもってこいの広告塔だ。景気低迷で下火になったとはいえ、今も女子陸上部を持つ企業は多い。
84年ロサンゼルス五輪では、女子マラソンが新種目として採用された。80年代は好景気の波にも乗り、次々と新しいチームが誕生。全日本実業団対抗駅伝などが脚光を浴びるようになり、その延長線上にマラソンがある。
83年に創設された全国都道府県対抗女子駅伝も、選手層拡大を助長した。この大会には中学生、高校生が走る年代別の区間もあり、各都道府県のジュニア強化を刺激した。
そして、92年バルセロナ、96年アトランタ両五輪で有森裕子が二大会連続のメダルを獲得。飛躍への足場を築き、高橋がついに頂点に上った。(共同)
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