 | | エチオピアから亡命し、豪スポーツ研究所のバックアップでメダルを狙うベザブさん(左) |
前回のアトランタ大会で最もメダル獲得数が多かったのは米国。そして2番目はドイツだった。それでは「人口100万人当たり最もメダルの多い国は?」と尋ねられたら、「うーん」と考え込んでしまう人も多いのではないだろうか。
答えはジャマイカとキューバが100万人当たり2.2個で同点1位。そしてオーストラリアが2.1個で続く。米国は0.37個、日本は0.11個にすぎない。「人口1900万人足らずの豪州がなぜこれだけ強いのか」というナゾを解くカギとなるのが国立のスポーツ選手養成機関、AIS(豪スポーツ研究所)だ。
・スポーツ選手の"天国"
「AISが無かったらオリンピックに出場するなんてことは思いもよらなかっただろう」
1万メートルを得意とする長距離ランナー、シセイ・ベザブさん(22)は首都キャンベラにあるAISの専用陸上競技場でしみじみ語る。ベサブさんは96年にシドニーで開催された国際少年陸上大会にエチオピア代表として出場した際、世界最貧国の一つである母国に帰ることを拒否した。
その後、98年に豪州国籍を取得。現在はAISから奨学金を得て、AISの専属コーチからマンツーマンの指導を受けている。シドニー五輪でのメダル候補の一人だ。
スポーツ選手にとっての"天国"ともいえるAIS本部はキャンベラの中心から車で約10分。日比谷公園の4倍にあたる65ヘクタールという広大な敷地に、陸上競技場、屋内プール、体操場、バスケットボール場など世界水準の競技施設が並ぶ。その他、スポーツ科学とスポーツ医療の研究所が併設され、選手の寮も完備されている。総施設の評価額は1億豪ドルに達するという。年間運営予算は2400万豪ドルだ。
・ボイコットの見返りに設置
AISはキャンベラのほかにブリスベーン、パースなどにも支部を持ち、水泳、陸上、体操など26種目で選手の育成・強化を実施している。選手は合わせて約600人。世界中から集まったコーチの数も75人にもなる。
AISの選手はコーチの指導を受けられるだけでなく、付属の研究所でスポーツ科学や医療の授業を受けることができる。学生の場合はキャンベラ近郊の学校に通うほか、学生以外の場合は働きながら練習が可能な就職先のあっせんまでAISがやってくれる。
AISが誕生したのは81年。きっかけとなったのは5年前に開催されたモントリオール大会での豪州勢の惨敗だ。第2次大戦後から60年代にかけ、水泳などで大活躍した豪州が、モントリオールでは1つの銀と3つの銅、そして金はゼロという散々な結果に終わった。世論は「なんとか豪州のスポーツを立て直さなければ」と盛り上がった。
もっとも、AIS誕生の真相はもっと生臭いものだった。ソ連のアフガニスタン侵攻に抗議して80年のモスクワ大会ボイコットを決めた米国に追随、豪政府が豪選手団の大会不参加を強行実施した見返りに、当時のフレーザー保守連合政権がAISの設置を約束したのが真の理由。出場できずに涙をのんだ選手や政治的影響力の大きい豪オリンピック委員会、そして世論に対する懐柔策となったのが、AIS設立だったというわけだ。
AIS誕生が政治的な妥協の産物であったにせよ、豪州スポーツの復活に果たした役割は大いに評価されるべきだろう。
アトランタ大会のとき豪州は金銀銅合わせて41個のメダルを獲得したが、「メダルを獲得した選手のうち8割はAISの現役メンバーか、過去にメンバーだったことがあるひとだった」とAISを管轄する豪スポーツ委員会のジェームズ・ファーガソン理事長は胸を張る。
・すべてがオープン
AISのモデルとなったのはかつての東欧の共産圏でいわゆるステートアマを育てたスポーツ強化施設。しかし、鉄のカーテンに閉ざされていた東欧の施設と違い、豪州らしくすべてがオープンというのがAISの特徴だ。
AISの奨学金を受けるには毎年7月にAISが主要新聞に掲載する広告を見て、一般応募すれば良い。また海外からのスポーツ留学も多い。練習風景は一般にも公開されていて、AISは首都キャンベラの主要観光スポットのひとつになっている。もちろん主要施設は市民も利用できるし、海外からの視察団も毎日のように受け入れている。
ファーガソン理事長さんがそっと打ち明ける。「我々の一番の悩みは国外からの視察が多くて、それにとられる時間が多いことなんですよ」「日本のJOC(日本オリンピック委員会)や文部省の方も、AISと同じような施設をつくりたいと話していらっしゃいました」。
日本がスポーツ強化のため、来年早々に完成させる「国立スポーツ科学センター」(東京)にAISのノウハウが生かされることは間違いなさそうだ。
(シドニー支局=大石信行)
[7月4日] |