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アボリジニとの「和解の一歩」・聖火リレー出発
エアーズロックで始まった聖火リレーの最初のランナーとなったノバ・ペリス・ニーボーンさん〔著作権:AP.2000〕
 6月8日、聖火がいよいよオーストラリアにやってきた。出発点は世界最大の一枚岩で先住民アボリジニの聖地ウルル(通称エアーズロック)。最初の聖火ランナーはアボリジニとしては初めての金メダリスト(アトランタ女子ホッケー)、ノバ・ペリス・ニーボーンさん(29)さん。「聖火リレーが(アボリジニと豪州国民との)和解への第一歩になればと願う」ニーボーンさんの言葉の重みを理解するために、デザイン会社「バラリンジ」の会長で、アボリジニとしては最も成功したビジネスマンと言われるジョン・モリアーティーさん(51)の体験に耳を傾けたい。

・強制的に親と引き離し

 「あれは私が四歳の時。母も親せきもだれも知らない間の出来事だった」

 「軍のトラックに載せられて保育所から連れて行かれたことを、今でもはっきり覚えている。私のほかに8人か、いやもっとたくさんの子供たちも乗っていたと思う」

 豪州に最初のイギリス人がやって来た約200年前、先住民であるアボリジニは約50万人いたとされている。先祖伝来の土地を追われ、迫害が続くなか、アボリジニは減少、今でも約38万人にすぎず、全人口の2%足らずだ。

 1900年に制定された憲法では「いかなる地域の人口を数えるうえでも、アボリジニを計算してはならない」とされていた。それから60年代にかけて、豪州は国策としてアボリジニの子供たちを親や親せきから強制的に引き離し、施設などで教育を受けさせながら白人社会に同化させる政策をとった。この子供たちは「盗まれた子供たち」と呼ばれ、同世代の10人に1人がこうした子供たちだった。

 モリアーティーさんの話を続けよう。

 「北部準州のいなか町からまず(同州の中心都市の一つである)アリススプリングズに連れて行かれ、そして列車に乗せられシドニーに行った」

 「シドニーでは施設に7年半ほど入れられ、その後にアデレード(南オーストラリア州都)の教会の施設に送られた」

 モリアーティーさんが母親に再会できたのは、離ればなれになって別れてから11年目の15歳の時。同氏はその後も母親と離れて暮らし、アボリジニとしては初めて大学卒の資格を得た。そしてビジネスの世界に入り、成功した。

 「私はよく人から『もしアボリジニのコミュニティーにいたままだったらひどいことになっていたのではないの。あなたは教育を受けることができたのだから良かったのではないの』と言われる」

 「そんな時は『あなたの子供があなたのもとをを離れて、しかもどうして子供と離れ離れになったのかを訴えるすべもなかったらどうしますか』と聞き返すことにしている」 モリアーティーさんは静かに語る。

デザイン会社会長で盗まれた子供たちの一人、ジョン・モリアーティーさん

・「謝罪」に慎重な豪政府

 今、豪州ではアボリジニに対する過去の行為を謝罪するという"和解"が政治上の大きなテーマとなっている。保守系のハワード政権の立場は過去に白人社会が行ってきたことは「遺憾」であるが「謝罪」はしないという立場。謝罪すれば、莫大(ばくだい)な補償問題にも発展しかねいために、政府の姿勢は慎重だ。

 ただシドニー五輪は90年の立候補の時点から「アボリジニら先住民に貢献する五輪の開催」を約束。聖火リレーのスタート地点にウルルが選ばれ、ニーボーンさんが最初の聖火ランナーに選ばれたのもそのためだ。9月15日の開会式まで続く聖火リレーには約5000の集落から500人のアボリジニが参加する予定だ。

 シドニー五輪組織委員会(SOCOG)はそのほか、次のような取り組みを実施している。

 一つはアボリジニの文化を広く理解してもらうための支援。開会式だけで2000人のアボリジニが参加。五輪を記念して開くアートフェスティバルではアボリジニアートが目玉となる。

 二つめに、アボリジニに対するビジネスチャンスの提供。五輪関連の職を優先的に紹介するほか、五輪競技会場にアボリジニのアートクラフトの場所を設けて、製品を販売できるようにする。

 三つめがアボリジニ向けコミュニティ紙などアボリジニ系メディアが五輪を取材できるように配慮すること。

 最後にアボリジニ・コミュニティーにおけるスポーツの振興。組織委はアボリジニのなかから将来性のある選手を選んで支援する基金をつくった。これまでに24人のアボリジニたちが同基金の支援を受けている。

 前回のアトランタには8人のアボリジニが参加したが、SOCOGの支援策もあって「倍になると思っている」とSOCOGでアボリジニ問題を担当するラグビーナショナルチーム「ワラビー」の元選手で自身もアボリジニのゲーリ・エラさん(39)。今回、五輪に参加するアボリジニのなかにはホッケーから陸上に転向したニーボーンさんも含まれそう。そして女子400メートルのキャシー・フリーマン選手をはじめとしてメダルに手が届くアボリジニもいる。

・出身選手の活躍に期待

 アボリジニの一部には「五輪の場で抗議運動を行い、ハワード政権を批判する」という機運もある。エラさんは「五輪にアボリジニがさまざまな形で参加できることは"和解"へのプロセスにとって大きな一歩だ」と言う。盗まれた子供の一人でビジネスマンのモリアーティーさんはまた「アボリジニの選手が活躍してメダルをとることが、抗議以上の何かをもたらしてくれると思う」と、アボリジニ出身選手の活躍に期待をかける。

 6月7日付け全国紙オーストラリアンの世論調査では、豪州国民の43%が「アボリジニに対してハワード政権は正式に謝罪を行うべきだ」としたのに対し、「謝罪する必要はない」とする割合がこれを上回る49%もあった。シドニー五輪における取り組みは、アボリジニと豪州国民との長い"和解"プロセスの一歩にすぎないのかもしれない。

[6月12日]

(シドニー支局=大石信行)

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