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ラフター(テニス、豪)・出番待つ世界のスター(8)
 「完全復活までに1年はかかると思っていたんだ。ボクにとってボーナスだったね。それもとんでもないボーナスだったよ」

 ミレニアムのウィンブルドン。豪州のパトリック・ラフター(27)は故障明けとはとても思えない切れ味鋭いプレーでライバルをなぎ倒して決勝に進出。雌雄を決する試合では敗れたが、芝の王者、ピート・サンプラス(米国)と歴史に残る名勝負を繰り広げた。「世界で最もセクシーな10人の男性の1人」と米誌で取り上げられた豪州テニス界のエースは世の女性を魅了する笑顔をみせた。

 地元で開催される五輪への思いは強い。昨年夏、世界ランク1位の座を手に入れたスーパースターは全米1回戦、長年の無理がたたり、右肩痛で途中棄権した。思い切ってメスを入れたのも五輪を考えてのことだった。5カ月間コートを離れ、今年2月に復帰したが、ここまで回復するとはうれしい誤算だった。

 ロッド・レーバー、ジョン・ニューカム、ケン・ローズウォール……。伝説のプレーヤーによって脈々と受け継がれた豪州の伝統芸、サーブ・アンド・ボレーを守り続ける。

 ち密な読みに裏付けられた芸術的なスタイルは185センチ、86キロの大柄な体には不釣り合いとも思える俊敏な脚力と柔軟な筋肉で支えられている。1997,98年全米連覇とグランドスラム2勝。王国を築いた豪州テニスの偉大な先人に名を連ねた。

 9人兄弟の下から3番目。家族思いの彼は3年前のアデレード大会で主審がインとオーバーコールしたものの、それを潔しとせず、相手にポイントを与えて勝利を譲ったスポーツマンシップの持ち主でもある。

 ツアーの過酷さを理由に五輪出場に背を向けるトップ選手もいる。地元で開催される全豪では95年の4回戦進出が最高。失望を肌身に感じてきたエースに国民の歓喜に包まれるチャンスがめぐってきた。(芦田富雄)

 パトリック・ラフター 1972年12月28日、豪州・マウントイサ生まれ、27歳。5歳からテニスを始め、91年にプロに転向。94年のマンチェスター大会でツアー初優勝。97年の最終ランクで2位となり、99年7月26日付でトップに。4大大会は97、98年全米オープンを制覇。185センチ、86キロ。

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