NIKKEI NET
シドニー五輪2000
最新ニュース
new競技別
new解説者の目
五輪ビジネス
豪SMH紙から
みどころ・コラム
from シドニー支局
競技日程
選手紹介
競技会場
フォトギャラリー
国別メダル数
みどころ・コラム
野村忠宏、気力戻った天才・日本柔道金への道(6)
気迫のこもった練習を続ける野村忠宏(右)
 前回のアトランタ五輪では前評判が高くなかった。「マスコミの取材もほかの選手に集中し、寂しいな、でも仕方ないなという気持ちでした」。それが、逆転勝ちの連続で堂々の金メダル。60キロ級代表の野村忠宏(ミキハウス、25)は、今度は金メダルの最有力候補としてシドニーに臨む。

 攻守に優れたオールラウンド型。目につく弱点がないことから、柔道界では「天才」と呼ぶ人も多い。練習は短時間で集中的にこなす。自己分析は「社交性に乏しく、神経質な性格」。独自のスタイルを持った職人肌の柔道家である。

 気力がみなぎっていれば、必ず結果を出せるタイプだ。1997年の世界選手権(パリ)。「アトランタの金はまぐれ、と言われたくない」の一心で、一本勝ちを連発して優勝した。ところが、2冠達成で目標を失い、無気力な状態に陥ってしまう。

 天理大を卒業後、奈良教大大学院へ進んでいたが、「練習にも学校にも行かず、家でボーという感じ」になった。左ひざのケガもあって、昨年の世界選手権(英国・バーミンガム)は代表の座を逃した。

 復調のきっかけはメンタル・トレーニングの専門家に悩みを打ち明けたこと。そのアドバイスに従って断念しかけていた修士論文を昨年9月に提出。「どっちつかずの生活」に区切りをつけ、柔道に専念する環境を整えた。

 翌10月、世界選手権に出場した徳野和彦(神奈川県警)が2位にとどまったことで再び五輪出場のチャンスが生まれた。当然今度はやる気満々。11月の講道館杯で、徳野との直接対決を制すると、今年になってフランス国際、日本選抜体重別で優勝し、シドニー五輪代表を決めた。

 天理大の先輩で84年ロサンゼルス五輪の金メダリスト、細川伸二・全日本担当コーチは、低迷期の野村にこう説いた。「お前のレベルの実力、精神力を4年間、フルに発揮し続けるのは不可能。2年くらい棒に振って、五輪に間に合わせたらいい」。その通りの結果となり、「柔道をやめさえしなければなんとかなる、と思っていた」と同コーチは打ち明ける。

 叔父の野村豊和は、72年ミュンヘン五輪の軽中量級金メダリスト。「まず叔父さんを超えることが目標」と、88年ソウル五輪の斉藤仁以来2人目となる2大会連続金メダルに挑む。「世間の人から注目されるほど、燃えてくる」。気力が戻った万能柔道家には、本命視されることを楽しむ自信さえある。

男子の目標は「金」3個以上

 <メモ> 全日本男子の山下泰裕監督はシドニー五輪の目標について、「金メダル3個ぐらいは十分取る力がある」と話している。88年ソウルは1個、92年バルセロナと96年アトランタは2個。84年ロスの4個に迫る高い目標だ。

 金に一番近い選手として挙げたのが野村、100キロ級の井上康生(東海大)、100キロ超級の篠原信一(旭化成)。この3人で2つ、ほかの4人で1つと読む。日本が得意とする60キロ級は野村を含め、過去に五輪王者4人。ただし、連覇はなく、金メダル獲得なら最軽量級で史上最強選手の誕生となる。

[2000年7月31日/日本経済新聞 朝刊]

Copyright 2000 Nihon Keizai Shimbun, Inc., all rights reserved.