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吉田秀彦、年重ね重圧楽しむ・日本柔道金への道(5)
4月の選抜体重別を3年ぶりに制した吉田(左)
 4月に福岡で開かれた全日本選抜体重別大会。4大会連続の五輪出場を逃した81キロ級の古賀稔彦から、「お前は頑張ってくれよ」と声をかけられた。中高一貫制の柔道私塾「講道学舎」(東京・世田谷)の後輩、90キロ級代表の吉田秀彦(新日鉄)は30歳にして3大会連続の五輪となる。

 金メダルを獲得したバルセロナよりも、初戦で敗れたアトランタの記憶が焼き付いている。帰ってきた成田空港。「金メダリストのインタビューが続く間、別の場所でじっと待っている。逃げ出したくなるような雰囲気。あれは経験した者でないとわからない」

 その屈辱が選手寿命を延ばすことになる。アトランタ五輪の前は右足や左肩に故障を抱え、「まともなけいこができたのは1週間ぐらい」と敗因は明白。「めいっぱい柔道をした感覚がない。もう一度、勝つ感動を味わいたい」と現役続行を決めた。

 ところが、予期せぬ難題が持ち上がる。母校明大の次期監督と目された先輩の小川直也がプロレスに転向したため、1997年4月に監督に就任することになった。選手と指導者を兼ねる「中ぶらりんの状態」。同年秋の世界選手権(パリ)は代表入りを逃し、シドニーの代表候補として名前にものぼらなくなった。

 復活を支えたのは、講道学舎の後輩で、高校時代から有望視された100キロ超級の棟田康幸の存在だった。昨年の入学前から明大のけいこに参加。最重量級の猛者の相手となる学生は限られる。そこで監督が胸を出したが、教え子は2階級上。「逆にいいけいこをつけてもらった」ことで、巻き返しが始まった。

 4月の選抜体重別を3年ぶりに制し、代表に返り咲いた秋の世界選手権(英国・バーミンガム)で初優勝。得意技の内または全盛期ほど足が高く上がらないが、しぶとく一本を取る決定力がある。年齢を重ねるにつれ、組み手のうまさ、ここ1番の集中力にも磨きがかかっている。

 男子柔道チーム最年長の吉田に、全日本のコーチ陣も細かな指示はしない。練習メニューをどう消化していくかも、任せられている。「最初からどんどん飛ばして、限界が来たらそこでやめる」。前回の五輪の体験から故障には細心の注意を払う。

 復活の金メダルに向けた心境について、「負けるとどうなるか知ってるから、プレッシャーはありますよ」。それでも、「五輪は天国か地獄、2つに1つ。それが楽しみでやっているようなもの」と笑う。勝負の機微を知る男がシドニーで集大成を目指す。

合宿の合間縫いスカウト活動

 <メモ> 吉田は22日から3日間、福岡で開催された金鷲旗高校大会に出向いた。有望な高校生を明大にスカウトするためだ。国内外で五輪に向けて続く全日本合宿。その合間を縫って、勧誘の電話もかける。

 監督就任以来、明大は全日本学生優勝大会(団体戦)で優勝1回、準優勝2回の好成績。しかし、15回の最多優勝を誇るだけに、「優勝でないと、OBも満足しない。スカウトはこの時期に決まってしまうんで」と人任せにできないらしい。五輪を控え、1人2役の生活がなお続いている。

[2000年7月30日/日本経済新聞 朝刊]

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