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中村兼三、ここ一番の寝技・日本柔道金への道(4)
苦しい減量とも戦う中村兼三(右)
 中村3兄弟がそろって出場したアトランタ五輪で、金メダルを獲得したのは末弟の兼三(旭化成、当時71キロ級)だった。シドニーで連覇を果たすと、日本選手では1984年ロサンゼルス、88年ソウルで連続金メダルの斉藤仁以来史上2人目となる。「プレッシャーは当然あるが、その分、やりがいもある」と快挙に挑む心境を語る。

 この4年間を「すごく長く感じた」という。97年の世界選手権(パリ)に勝ち、五輪との二冠を達成。そこから下り坂に入る。優勝確実といわれた98年のバンコク・アジア大会で2位。昨秋の世界選手権は3回戦で敗れ、五輪出場枠の獲得を逃した。

 最大の問題は減量だった。パリで世界王者になったあと、一階級上の78キロ級に上げようと考えた。しかし、翌年から新階級制度が採用され、71キロ級は73キロ級に。迷った末、「世界で勝てる可能性がより高い階級で」と73キロ級に踏みとどまったことが、後に苦しみを招く。

 178センチの長身。バランスから言えば、81キロ級が妥当だ。実際、普通に食べると80キロ近くになる。その筋肉質な体を試合に合わせて7、8キロ落とす。計量直前には絶食することもある。「直前は疲れ切ってしまい、何もしゃべらなくなる」と長兄の佳央。

 しかし、身を削る思いの減量と引き換えに、この階級では一回り大きな体格を得る。全日本の西田孝宏・担当コーチは、「手足の長さが武器になっている」と指摘する。それが生かされるのが寝技だ。かねて得意技にしてきたが、ここ一番の勝負がかかった場面で威力を発揮する。

 五輪出場権をかけるラストチャンスとなった5月下旬のアジア選手権(大阪)。関節技、絞め技、抑え込みを駆使した。「最初から攻め続け、相手が疲れたところで寝技に持ち込む。地味ですけど、これが自分のスタイル」。五輪王者の柔道には辛抱と執念が宿っている。

 「野村(60キロ代表)や吉田さん(90キロ級)みたいに、(投げて)きれいに一本取るのは僕にはできない」と中村兼三は言う。「立ち技はセンス。寝技は野球でいうと守備みたいなもので、練習するほど確実に身につくんです」。努力型の26歳は、自分の柔道特性を知り抜いている。

 それでも、過酷な減量は「今回が最後ですね」。シドニー五輪の後、一階級上げるつもりだ。「アトランタは怖いもの知らずで、がむしゃらに戦っていたと思う。その気持ちを思い出して挑戦したい」。もう一度、頂点に立つために、余力を振り絞る。

「最強の付け人」兄・佳央が帯同

 <メモ> 中村3兄弟でシドニー五輪でも代表になったのは、兼三と66キロ級の行成(アトランタ五輪銀メダル)の2人。90キロ級の長兄、佳央は代表入りがならず、5月のアジア選手権は五輪出場権をかけた2人の“セコンド”として声をからした。

 「アトランタの3人出場は奇跡のような出来事。1人が代表になるだけでも大変なことですから」と佳央は落胆を見せない。シドニーにも帯同し、付け人として支えるつもりだ。兼三は「子供のころから、ずっと一緒ですから、近くにいてくれたら心強い」と歓迎している。[2000年7月29日/日本経済新聞 朝刊]

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