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井上康生、連絡技で魅せる・日本柔道金への道(3)
全日本柔道選手権に向け練習する井上康生(右)(4月24日、神奈川県平塚市の東海大学)
 「シドニーの星」と4年前から騒がれていた。1996年4月、予選を勝ち抜き、高校生としては山下泰裕以来21年ぶりに全日本選手権に出場した。井上康生(こうせい、22)は期待通りに成長を続け、100キロ級の世界王者としてシドニー五輪に挑戦する。

 九州(宮崎)出身、神奈川・東海大相模高、東海大――。柔道家としての歩みが同じことから、「山下2世」と呼ばれたりもする。その域にはまだ達していないものの、これからの柔道界を担う逸材であることは疑いない。

 かけた足が肩の高さまではね上がる内また。大外刈りから背負い投げと流れるように技が続く。「康生の連絡技を見ていると、こっちは気力が半減するんですよ」。あふれる才能は、100キロ超級代表の篠原信一(旭化成)がこう言ってうらやましがるほど際立っている。

 そんな柔道エリートが昨年前半、不振に陥った。中途半端に技をかけ、返し技で派手に一本負けする。選抜体重別、全日本ともに早々に敗退。東海大の中西英敏監督は、「迷いが迷いを生む悪循環。精神的な落ち込みがひどかった」と振り返る。

 悶々(もんもん)としていたころ、思いがけない悲しみが訪れた。母のかず子さんが6月、くも膜下出血で急逝。だが、つらい出来事が迷いから解き放ってくれた。10月の世界選手権。帯に母の名前入りの刺しゅうを縫い込んで勝ち、「母と一緒に戦ったので、負ける気がしなかった」と泣いた。

 以来、魅せる柔道に加えて、ムラが消えた。2月のパリ国際、4月の全日本選抜体重別で優勝。今年の全日本の準々決勝まで10試合連続の一本勝ちを演じた。決勝で篠原に力負けしたが、「篠原に勝つ選手が現れるとすれば、康生だろう」と言われている。

 世界王者になり、「いろんな先生方にパーティーに連れていかれて、スピーチをさせられる」という。最初は戸惑ったが、今は堂々としている。「自分の気持ちを素直に言えばいいことがわかった。何事も動揺しないこと。山下先生はあいさつもうまいんです」。一事が万事につながる。そんな帝王学を、畳の外でも学んでいる。

 6月中旬、母の一周忌で故郷へ戻り、遺影に「今度帰ってくる時はプレゼントを持ってくる」と誓った。もちろん、金メダルだろう。世界選手権のタイトルは、「母からもらったようなものなので」。その恩にこたえる舞台がシドニーだと思っている。

 全日本選手権、体格の壁厚く

 <メモ> 体重無差別で柔道日本一を決める全日本選手権は、世界選手権、五輪と並ぶ名誉あるタイトル。無差別とはいえ体格の壁は厚く、最重量級でない選手では74年の佐藤宣践(当時の軽重量級)以来、王者が誕生していない。

 その中で100キロ級の井上康生は98年、今年と2度決勝へ進み、いずれも篠原に敗れた。2人の体重差は約35キロ。小よく大を制すのは容易ではない。だが、井上康生は「全盛期の篠原さんに挑戦して倒したい」と意欲的だ。ともに五輪王者として来年の日本武道館で対決したら、一段と盛り上がるだろう。

[2000年7月28日/日本経済新聞 朝刊]

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