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前田桂子、背負いにこだわる・日本柔道金への道(2)
4月の全日本選抜体重別で2連覇を決めた前田桂子(上)
 「平成の女三四郎」と異名をとる。「背負い投げで勝つ。頭の中にはいつも、そのイメージがあります」。女子63キロ級代表、前田桂子(筑波大)の投げ技へのこだわりは、シドニーの夢破れ引退した「三四郎」古賀稔彦を思い出させる。

 個性的な背負い投げだ。懐に入り、座り込んで相手を背中にのせる。そこからさっと立ち上がり、体ごと豪快に転がり込んでいく。強じんな足腰から生まれるフィニッシュには問答無用の決定力がある。

 高校王者になった兵庫・湊川女高時代は内またが中心。背負い投げに取り組んだのは、大学に入ってからだった。「上手な先輩から見て盗んでいるうちに、決まるとスカッとするこの技が好きになった」。同時に飛躍も始まった。

 1998年の全日本選手権。準々決勝で2階級上の世界王者、阿武教子(警視庁、当時明大)に背負い投げで一本勝ち。初出場で優勝した昨秋の世界選手権は5試合すべて一本勝ち、うち4試合が背負い投げである。

 一つの技にかける意思は際立っている。兵庫県警に勤務した柔道5段の父、正昭さんから中学時代、柔道の手ほどきを受けた。世界選手権に旅立つ前、肺の病気で入院中だったその父に「背負い投げにこだわるな」とアドバイスされたが、それでも自分を通して世界の頂点に立った。

 スランプは世界王者になってから訪れた。昨年12月、正昭さんが長い闘病生活の末に他界。さらに背負い投げの負担から右ひじを激痛が襲った。「精神的に落ち込んで、柔道着を着るのもつらい」。日本の層が厚い階級で、その後の成績次第では五輪切符も危ぶまれる状況だった。

 今年2月、ドイツ国際への出場をためらっていると、教えを仰ぐ山口香・筑波大女子監督(全日本女子コーチ)に一喝された。「あなたは世界王者になって負けるのが怖いだけ。逃げずに解決法を考えなさい」。出場して3位となって復調のきっかけをつかみ、4月の全日本選抜体重別を連覇。五輪出場を決めたのは、背負い投げだった。

 男女を通じ、今回の日本柔道陣で最年少の五輪挑戦。将来へのステップとも思えるが、山口コーチの認識は違う。「柔道の質、気性から見て、太く短く生きるタイプ。背負い投げにこだわっていけば、ケガもある。今回、金を取れたらやめてもいい、ぐらいの気持ちで臨むべき」。シドニーで、背負い投げの必勝伝説が生まれるか。

 日本女子の王者、五輪は1人だけ

 <メモ> 女子柔道は1992年バルセロナ大会から正式競技になった。日本選手の金メダリストは、公開競技だった88年ソウル大会66キロ級の佐々木光を除くと、前回アトランタ大会61キロ級の恵本裕子だけ。欧州やキューバに比べ、苦戦している。

 ちなみに世界選手権で日本初の優勝を遂げたのは、84年ウィーン大会52キロ級の山口香で当時19歳。教え子の前田も昨年、全く同じ年齢で世界王者となった。山口はソウル五輪3位の翌年に引退。先生の果たせなかった五輪金メダルを、生徒がシドニーで狙う。

[2000年7月27日/日本経済新聞 朝刊]

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