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高橋尚子、ケガと闘い切符・女子マラソン物語(18)
 米国ボルダーで合宿中の高橋尚子が27日、札幌国際ハーフマラソン(7月2日)出場のため帰国した。調整は順調。「土台を打って、枠組みを作り終えた」と積水化学工業の小出義雄監督はいう。

 だが、日本のエースが五輪切符を手にするまでの道は険しかった。昨年8月のセビリア(スペイン)世界選手権は左ひざ外側のじん帯の炎症でスタートラインに立てず、やっと治ると、同10月に招待参加した市民マラソンで転倒、左手甲を骨折した。

 セビリアで、いの一番に代表切符を手にするはずが、最終選考レースの名古屋を走るしかシドニーへの道はなくなっていた。それでも普通の調子なら問題はない。だが、名古屋の前、高橋はまったく調子が上がらなかった。

 「なぜかわからないけど練習がうまくいかない」。骨折で練習開始が1カ月遅れた分、量は多めにしたが、小出監督が求める質が伴わなかった。なめらかで軽い、独特の走りが戻らない。気分を変えようと2月に徳之島で合宿したものの、出発前日に食べたサバのすしにあたって、2晩入院を余儀なくされた。

 女子マラソンの五輪メダリスト、世界チャンピオンを育てた百戦錬磨の名伯楽も苦悩していた。名古屋まで20日余りとなった2月下旬、練習計画を全部白紙にして、高橋を1週間休ませている。「オリンピックなんてなきゃいいのに」と思うまで追いつめられていた。

 レース前日、いつもなら正確なタイム予想を披露する監督が、「選考レースは勝つことが大事」。それだけで“異変”は伝わった。

 実際、小出監督は高橋に「2時間24、25、26分でいいから気持ち良く走ってこい」としか言わなかった。だが本人は「他の選考レースの記録から考えて22分台をどうしても出したかった」。結果は、中盤からの猛スパートで、監督の想像を超えた2時間22分19秒での優勝。体調を8割に戻しただけの不十分な調整で底力を見せつけた。

 五輪切符を手に入れた直後、高橋は監督に仰天の申し出をした。「(約1カ月後の)ボストンを走りましょう」。勝負にこだわるレースが終わると、ランナーの本能が楽しむレースを求めた。世界最高への挑戦意欲も、心の内に納めきれなくなっている。

 さすがに五輪までは無理、と思いとどまらせた小出監督だが、「ホント、腹の底から走るのが大好きな子」とうれしくてたまらない。「オヤジもかけっこが好き。こんなかけっこ好きがそろったんだから、(シドニーでは)おてんとさんもご褒美くれるんじゃないかなあ」

[2000年6月28日/日本経済新聞 朝刊]

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