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山口衛里、強敵は「甘い自分」・女子マラソン物語(17)
全日本実業団陸上1万メートルで力走する山口(右)
 山口衛里は一度、マラソンをやめようとしたことがある。1996年の東京国際が2時間35分23秒と、3度目のマラソンで最低の記録に終わったあとだった。天満屋の武冨監督にやめたいと申し出て、実家に1週間戻った。

 迎えた母の左衛子さんは「じゃ、やめたら」。甘えを許さずに突き放し、娘の奮起を促した。母校の西脇工高・渡辺監督からは「2時間30分を切るか、優勝するまで帰ってくるな」。カチンときて「やってやる」という気になった。

 これでダメなら最後と臨んだ97年夏の北海道は、練習を順調に消化したのに直前で故障。2時間39分46秒と自己最低を“更新”した。「このままじゃやめられない」。気楽に走れる海外マラソン、98年5月のトリノ(イタリア)で4位となり、3カ月後の北海道で初優勝。2時間27分36秒は、有森裕子のコース最高記録を1分41秒も更新していた。

 山口は自らを「没頭しやすい性格」という。マラソンに打ち込むなら、マラソンに全力を傾注したいと考える。その過程に入ってくる駅伝やトラックの試合を練習の一環と割り切れずに悩んだ。心のストレスは体重増を招き、また調整を難しくする、悪循環からなかなか抜け出せなかった。

 そうした不満が、甘えにすぎないことに気づいたのが、昨年3月に日本陸連が有力選手を集めた合宿(宮崎・延岡)だった。世界選手権をかけた1月の大阪国際で11位と失敗した直後だった。ライバルたちのひたむきな走りに触発された。「今の気持ちのままでは同じことの繰り返し。このままではいけないと本気で思った」。節制して自己管理を厳しくし、8カ月後の東京国際優勝につなげた。

 シドニーまで、東京国際で成功した練習の流れを踏襲する。「昨年の東京前、9月が1番調子は良かったから」と武冨監督。五輪の時期とピタリと重なる。

 昨年は全日本実業団で1万メートルの自己新を出して勢いに乗った。今年も6月11日の同じ大会で、1年前に出した自己新を0秒01更新する32分7秒25をマーク、調整は順調だ。このまま国内で合宿を続けてシドニーに乗り込む。

 指導する武冨監督、山口とも五輪は初体験だが、何度も失敗を経験している山口には、自らはい上がってきたたくましさがある。「シドニーでは私はここにいる、というレースをしたい」。頭に浮かんでいるのは独走なのだろう。

[2000年6月27日/日本経済新聞 朝刊]

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