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山口衛里、「大化け」した新星・女子マラソン物語(15)
「無我夢中」で走った昨年の東京国際で日本歴代2位の好記録をマークした
 歯を食いしばって走り抜いた。昨年11月21日の東京国際女子マラソン。山口衛里は、1987年大会でカトリン・ドーレ(旧東独)がマークした同コースの最高記録を3分12秒も上回る日本歴代2位の2時間22分12秒で独走優勝した。

 「無我夢中でした。走りながら目の前の放送車だけ目指して走りました」。レース後、笑顔がはじけた。その放送車で解説していた増田明美さんは、山口を「大化け女優タイプです」と表現する。

 それまで7回のマラソンを走って自己最高は2時間27分36秒だった。98年に初優勝した北海道でのもので、夏の北海道の27分台は立派だが、30分を切ったのはその1回だけ。まさに化けてみせたのである。

 スタートと同時に飛び出した千葉真子(旭化成)を追い、ペースに乗ると14キロから最後まで単独行。「練習でも1人で走ることが多く、集団で他人にリズムを合わせるのは苦手。人の後ろより先頭を突っ切る方が持ち味を出せる」と天満屋の武富豊監督はいう。

 日本選手には珍しく、たくましい上半身と腕の振りで前へ、前へと進む力走型だ。ひとたび気持ち良く走り出せば、なんびとたりとも前を走らせない、そんな決意が漂う。

 東京国際にはスピードに絞った調整で臨んだ。距離を走り込むのは8月までとし、9月からはスピードの維持に努めた。そのスピードは前年まで33分台だった1万メートルが、99年6月の全日本実業団で32分7秒26をマークするなど一線級へと近づいていた。

 レース前の3カ月は長くても1日30キロまで。身につけた1万メートルのスピードを生かして、勢いに乗る感覚を体に染み込ませた。東京のレースはスタートからの5キロを千葉に引っ張り出されて16分24秒のハイペースで刻んだが、本人の感覚は「こんなに楽なんや」。

 後先を考えずに飛ばし、30キロから先は勢いにまかせて突っ切る――。初優勝した北海道も最初の5キロを16分台で入り、22キロ過ぎから独走している。自分から能動的にレースを作っていくランナーだ。

 「以前はレース前にメンバーを見て、この人には勝てないとか気後れしていました。今はトップの人とどこまで争えるかが楽しみ。自分でもやればできることがわかった」。東京の好走は、ハートもたくましく変えた。

[2000年6月24日/日本経済新聞 朝刊]

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