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市橋有里、勝利へあと一歩・女子マラソン物語(14)
シドニーを試走に訪れた市橋(5月、五輪メーンスタジアム前)
 1999年8月29日、スペイン・セビリアの世界選手権女子マラソンで市橋有里は銀メダルを獲得してシドニー五輪代表に決定、アテネ五輪を目指す10年計画の成長途上で大舞台に立つことになった。

 2時間27分2秒は4度目のマラソンで自己ベスト。競技場に戻る直前、朝鮮民主主義人民共和国のチョン・ソンオクとの一騎打ちに遅れたが、レース中盤の主役は市橋だった。アトランタ五輪優勝のファツマ・ロバ(エチオピア)の揺さぶりを落ち着いて見抜き、逆に振り落としている。

 過去全レースの着順は4、6、2、2着。安定しているが、勝ちもない。特に98年東京では浅利純子(ダイハツ)にトラック最後の直線でかわされて同タイムの2位、そしてセビリアでも競り合いで屈し、勝利まであと一歩の惜敗を繰り返している。

 ただ、浜田コーチは結果に一喜一憂しないようにクギを刺す。「マラソンはピークが来るのが25歳をすぎてから。その前につぶれないようにはやる気持ちを抑えてやっていく」

 シドニー五輪に向けても月間走行距離1000キロに達するような走り込みはしない。800キロにとどめる。「もちろん五輪だから全力を尽くすが、まだ22歳であるのも事実。月間1000キロができるにはあと3年かかる。いま試す必然性はなく、それ以外の方法でレベルアップできる」

 市橋に効果的なのが山登りだ。シドニー直前まで合宿を張るスイス・サンモリッツでも週1、2回、料理の得意な市橋の手作り弁当を持って3000メートル級の山に登って、下りる。昨年代表内定後にニュージーランドでもやり、「足が見違えるようにたくましくなった」(市橋)という。起伏の多い五輪コースに適応する練習になる。

 狙いは金メダル。発奮する理由がある。マラソン代表選考で、母校・徳島県大麻中の先輩である弘山晴美(資生堂)が2時間22分台の記録を残しながら涙をのんだからだ。

 記録で下回る市橋の内定見直しを求める声も上がり、つらい日々が続いた。おとなしそうな顔の裏に反骨の炎が燃える。「私も皆さんと同じ条件で走っていれば、あのような記録が出せたと思う」

 尊敬する先輩の分も走る。ただ経験を積むだけの五輪にはしない。「五輪はだれかが突っ走るレースにはならないと思う。どんな展開にでもついていって、勝負します」。そうなれば「レース対応能力に優れる」(浜田コーチ)という持ち味が輝きを増す。

[2000年6月23日/日本経済新聞 朝刊]

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