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有森、弱点を武器に・女子マラソン物語(7)
有森は不利を味方につける努力を惜しまなかった
 有森裕子(リクルートAC)は、日本女子マラソン隆盛の象徴だ。92年バルセロナ、96年アトランタの両五輪で連続メダルを獲得し、世界にアピールした。女子マラソン史に残る実績を誇る彼女だが、意外にも一流と呼ぶには素質に恵まれていないランナーなのである。

 入社当時、5000メートルを17分30秒ほどでしか走れなかった。トップ選手のマラソンペースが5000メートルのベスト記録プラス1分半といわれるから、計算上はマラソンで2時間40分を切れるかどうか。絶対的にスピードが不足している。

 リクルートには“押し掛け”入社同然。日体大時代に女子寮の寮長をやっていた経験が認められ、「いずれマネジャーに」と採用されたにすぎなかった。

 「あなたの走りの持ち味は」と有森に尋ねると、「バネを使わずに走ること。それと首が前に出ている体形のおかげで、自然と前傾姿勢ができる。下りに強いんです」と答える。

 バネが無く、猫背。普通ならマイナスに映る弱点が特長だ。パタパタと戦車のように足が前に出るピッチ走法を磨き、弱点を武器に変えた。歩幅が大きく、グイグイ前に出る才能豊かな選手の多くは、下りだと体重が後ろに残ってブレーキがかかり、疲れるから苦手とする。みんなが嫌がるそんな下り坂を好んだ。

 「スピードは才能頼みの面が大きいが、マラソンならメンタルと努力で補える」。月間走行距離が1000キロを超える男子並みの練習をこなし、遅いスピードをそのまま落とさずに42.195キロを粘り抜くスタミナを磨いた。

 みんなが嫌がることをすべて味方と思った。真夏のマラソンでは、「もっと暑くなれ」。優勝タイムが下がって戦うチャンスが増えるのを歓迎した。難コースならば、試走を繰り返して難所で飛び出す策を練る。

 アトランタの前には7回の試走をしている。日本では考えられないが、早朝、現地警察に頼んで先導してもらい、信号をすべて青に変え、ノンストップで市内を駆け抜けた。コース地理、風景を頭に入れて、本番は30キロからのきつい下り坂に勝負をかけた。

 才能に恵まれない有森の奮闘は、日本のライバルや後に続く選手たちに勇気を与えた。アトランタのレース直後、「自分で自分をほめたいと思います」という言葉を残した有森は五輪をこう考えている。「オリンピックは人間の可能性を感じさせてくれる舞台。ただ強いだけで必要十分でなく、人間の生き方そのものが試される」

[2000年6月15日/日本経済新聞 朝刊]

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