NIKKEI NET
シドニー五輪2000
最新ニュース
new競技別
new解説者の目
五輪ビジネス
豪SMH紙から
みどころ・コラム
from シドニー支局
競技日程
選手紹介
競技会場
フォトギャラリー
国別メダル数
みどころ・コラム
本場に渡り世界知る・時代が生んだシドニー五輪選手たち(5)
97年から欧州に主戦場を移した松下はパワー卓球に慣れてきた(98年のアジア選手権)
 日本人選手が本場の環境や強い相手を求めて海を渡るのは、もはや野球やサッカーだけの話ではない。卓球の松下浩二(32、ミキハウス)もドイツのプロリーグ「ブンデスリーガ」ですでに3年目のシーズンを終えた。

 世界でも少数派となったカットマン。前後左右に動き回り、跳び上がったり、ヒラリと一回転することも。牛若丸のように華麗に躍り、強打を返し続ける。プロとして観客の心をつかむ術も堂に入ってきた

 試合が毎週続くシーズンが11カ月。試合、移動、試合の繰り返しだ。日本では考えられない厳しい環境下でつかんだのは精神的な切り替え。「これだけ試合が多いと、負けたことを引きずっていられない。常にポジティブに物事を考えるようになった」

 1年目は2部チーム、2年目から1部のデュッセルドルフでプレー。世界ランキング上位の欧州、中国の強豪と当たり前のように顔を合わせる。「ドイツで勝てば世界が見えてくる」。欧州で全盛のパワー卓球に慣れ、どんな強打にもひるまない。

 2月の世界団体選手権(クアラルンプール)での松下の戦績は通算9勝1敗、勝負どころでの強さは最近の日本選手にはなかったもので、日本の銅メダル獲得の原動力となった。

海外に競技、生活拠点を
移した主な選手
陸 上
朝原 宣治ドイツ
水 泳
平野 雅人豪州
千葉 すず米国
ハンドボール
朝原 宣治ドイツ
橋本 行弘ドイツ
茅場 清ドイツ
サッカー
中田 英寿イタリア
名波 浩イタリア
城 彰二スペイン
 常に先駆者として競技生活の節目、節目を現状の破壊によって乗り切ってきた。初めての五輪で「行って帰ってきただけ」のバルセロナ後、1993年4月に日本の登録プロ1号選手に。引退後の生活不安を伝える周囲を押し切って卓球に人生をかけた。

 95年に全日本シングルス、ダブルスの2冠、アトランタ五輪はダブルス準々決勝進出、シングルスも予選を突破。世界を相手にする手がかりをつかんだ。そして97年、より上をめざして日本を飛び出した。

 「ドイツではいつもシドニー五輪のことを頭に置いて生活してきたつもり。おかげで夢の夢だったメダルが、頑張れば取れる目標に変わってきた」

 野茂という“国境越え”の開拓者のあとプロ野球選手が大リーグに追随したのと同じことが卓球界に起こりつつある。田崎俊雄(協和発酵)はブンデスリーガ、木方慎之介(明大)がスウェーデンに戦いの場を求め、来季からは多くの女子選手が欧州へ向かう方針だ。

 松下は来季、フランスでプレーする。ワインで知られるボルドーに近い「セスタス」チーム。ドイツより試合数が減って余裕ができるフランスでは、競技以外の自分も磨きたい。プロで10年はプレーしたいというのが目標。その達成は欧州で迎えることになりそうだ。(串田孝義)

[2000年5月27日/日本経済新聞 朝刊]

Copyright 2000 Nihon Keizai Shimbun, Inc., all rights reserved.