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世界の技、親子で伝承・時代が生んだシドニー五輪選手たち(2)
室伏広治の80メートル台の抜てきは父親・重信の4回転投法に磨きをかけることで生まれた
 陸上ハンマー投げの室伏重信氏が日本人として初めて70メートルを突破したのが1971年だった。そして今月13日、息子の広治(25)が80メートルの大台を超える80メートル23。最重量のボウリング球とほぼ同じ重さの鉄球(7.257キロ)を10メートル遠く飛ばすのに、29年を要した。この間、この親子以外の日本人選手で70メートルを超えたのはたった2人だけ。

 「先輩の選手たちが苦労して失敗してきたことがおやじに伝わって、その話を聞く機会に恵まれた自分が1番影響を受けた」。親から子へ2世代にわたる技術の伝承によって、世界に追いついた歴史を息子はよく理解している。

 父は41歳になる直前まで26年間も競技を続け、体の小さい日本人の不利を補う4回転投法を編み出した。晩年には微妙なタイミングで体重を後ろに預けてハンマーの回転スピードを増す感覚までつかんでいた。

 8ミリ映像をすり減るほど見て、父親が四半世紀かけて練り上げた秘伝の数々。高校から競技を始めた息子ののみ込みは早く、23歳で76メートル65の日本新を樹立したところで4回転投法をマスター。さらに、父が極めることのできなかった後方に倒れ込む感覚の習得に取り組んだ。

メダリストを両親や
親せきに持つ主な選手
柔 道
野村忠宏叔父・豊和はミュンヘン金
体 操
塚原直也父・光男はミュンヘン鉄棒
など金5個
笠松昭宏父・茂はミュンヘン団体金
山脇佳奈父・恭二はロス団体銅
(注)シドニー五輪代表、もしくは候補
 「地道な作業の繰り返しだけ」と広治は言う。中京大での練習は毎日5時間に及ぶ。一投ずつ、肉体と対話しながら体の隅々まで感覚を研ぎ澄ます。「つかんでは逃げていく。やればやるほどわからなくなる」。父が未到に終わった世界を手探りで進んだ昨年、広治は初めて「限界」を意識し苦しんだ。

 今年は広治が自分のフォームをビデオで見直す回数が減ったと父はいう。「わざと回数を減らしているわけではない」と息子。何かをつかんだ自信がのぞく。「自分のやっていることが分かってきたからかもしれない」。1日最高130投に達したこの冬の投げ込みが、壁を突き崩した。

 技術で世界と太刀打ちするには1人では時間が足りず、2世代にわたる時間がかかった。日本のハンマー投げは室伏家の伝統となったことで、五輪でメダルを狙える位置まできた。

 相撲の若貴兄弟、競馬の武豊をはじめゴルフ、野球などのプロスポーツでは、すでに親子鷹(たか)が続出している。シドニーでメダリストの2世選手が顔をそろえそうなのが体操。すでに代表の座を射止めている塚原直也の父、光男氏は「子供の最初の指導者は親。それが世界を知る人間なら有利なのは確か」という。少子化の時代、親子による技術の伝承が、日本スポーツ界のレベル維持に重要な役割を果たしている。(串田孝義)

[2000年5月24日/日本経済新聞 朝刊]

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