第1部 閉塞を破る

「日本経済新聞1面企画」

(4)「雌飛」の時――実力勝負の海外へ

 「SUMIKO ITO」。米ハーバード・ビジネス・スクールの「キャリア開発」講座で、1人の日本人女性をテーマにした教材が使われている。米国の債券投資ビジネスで頭角を現し、米投資顧問会社の日本法人社長として一昨年、“逆上陸”した伊藤澄子(46)の足跡をケーススタディーした論文だ。

 “戦い”が教材に

 伊藤は74年、面接でいったんは「今年は女は採用しない」と言われたのをはね返して厚生省に入省した。同省在籍中、英国留学した際に「日本より海外で仕事をする方が、1人の人間として公平に評価される」と痛感、80年に退職して単身渡米した。29歳の時である。

 経営コンサルティング会社や米国野村で、債券投資を中心に企業の資産運用を手がけた後、91年には自ら経営コンサルティング会社を設立。手腕を見込まれて96年、米国の投資顧問会社フィッシャー・フランシス・トリーズ・アンド・ワッツの日本法人社長に迎えられた。

 初の女性インベストメントバンカーとして5年間過ごした米国野村について、伊藤は「評価の基準は実績だけ。弱肉強食の世界だった」と振り返る。初めは顧客にも「あなたのような若い女性が担当者で大丈夫なのか」と不安がられた。しかし、伊藤は「女は珍しいから社内で知らない人はいない。私ならトップともすぐに話ができる。組織のしがらみを抱えた男性社員より、かえってメリットが多い」と売り込んだ。

 この教材を執筆したハーバード大のデビッド・トーマス教授は「彼女の人生の節目ごとに立ちはだかった男社会の壁を検証し、この壁をどう突き崩したかを学ぶことは、日本研究の生きた教材だ」と語る。

 自分にふさわしい働き場所を求め飛び出すのは「雄飛」、人に服従しながらチャンスを待つのは「雌伏」。中国の後漢書を語源に、対照的な行動は男女になぞらえて表現されてきた。しかし、いまの日本では組織にしばられる男に比べ、しがらみを抜け出し、個人の力を試そうと飛躍する女の姿が目立つ。青年海外協力隊に参加する女性の数もこの10年で倍増した。こうした女性の台頭は「雌飛」の時代とも呼べるかもしれない。

 現実逃避組も

 湾岸産油国オマーンで、注目を集めている教育者スワード・アル・ムダファーラ(44)も、“雌飛”組の1人である。イスラム教に改宗する前の名は森田美保子。

 離婚を機に日本を離れた彼女は7年前、オマーン宮内庁の高官を務めた現在の夫の反対を押し切って、幼稚園を設立した。「オマーン人として生きる証(あかし)を得たい」という熱意からだった。当初子供はわずか5人だったが、いまや幼稚園、小、中学校の一貫校となり、児童・生徒数は230人を超えた。

 「かつての日本の学校のように、子供たちのしつけを第一に考える」。こんな教育方針が、急に豊かになり、戸惑いもみえるオマーンの親たちの共感を集めている。海外でも通用する子供たちが育つようにと、数学や理科を英語でも教える教育方法も編み出した。子供たちの成長に合わせて「2002年には大学をつくりたい」と夢を膨らませる。

 もちろん、留学や就職先を求めて海外に飛び立とうとする若い女性には、「現実からの逃避」ともとれる動きもある。

 留学のカウンセリングをしている教育出版社アルクの「留学クラブ」には、年間約3000人が参加する。6-7割が女性で、20歳代後半から30代前半の独身者が中心だ。国際公務員や経営学修士号(MBA)取得などが留学目的の上位を占めるが、同社の山口隆博海外事業部長は「留学後の進路となると、漠然としか描けていない人が少なくない」と語る。

 日本への警告

 学位を取っただけでは、現地企業での就職は難しい。一方、日本では「海外の大学で自己主張の訓練を受けた人は使いにくい」と採用を敬遠する企業もあるという。

 それでも日本脱出組が増え続けるのは、女性の力が評価されにくい日本型の企業・組織へのあきらめ、反発の強さの表れともいえる。トーマス教授は「日本の企業や経済の閉塞(へいそく)感が強まっているのも、これまで女性を“異分子”として組織の中で生かしてこなかったことが一因ではないか」と指摘する。「雌飛」は日本経済への無言の警告でもある。=敬称略

「第1部」のトップページへ戻る

「女たちの静かな革命」トップページへ戻る

Home 株価
サーチ
ビジネス
Webガイド
トレンド
ウォッチ
サイバー
企画
What's
New

Copyright 1998 Nihon Keizai Shimbun, Inc., all rights reserved.