第1部 閉塞を破る

「日本経済新聞1面企画」

(2)いざなみ経済――基幹から多幹へ

 「私の後継者は、いづみとする」――。カメラ量販店ドイの創業者、土居君雄は死期を悟り、家族にこう言い残した。取締役になっていた長男・牧雄でなく、学生結婚し会社とは縁がなかった長女・いづみを選んだのは「これからは女性の時代」との予感からだ。

 それから7年。社業を学び、昨年6月、会長になった牧雄の後を受け社長に就任したいづみの最初の決断は、白物家電からの撤退だった。メーカーとの長年の付き合いを見直し、今年からデジタルカメラなど本業のカメラ関連事業に絞り込む。

 いづみは20歳代前半の娘の買い物をみて、「自分とはまったく違う」と気づいた。バーゲンでいらない物まで買う自分と比べて、娘は自分がこだわりを持った商品しか買わない。値引きを武器にした大量販売経営では、若い消費者の気持ちはつかめない。家電を切ったのはこのためだ。いづみは「男社会のしがらみから離れてこそ、できることがある」と感じている。

 昨年12月末、東京・有明の東京ビッグサイトに延べ約30万人の若者が詰めかけた。一般の書店では売っていない漫画同人誌の即売会だ。1日当たり入場者数で東京モーターショーに匹敵する日本最大級のイベントである。100万部単位の雑誌では自分の感性は満たせないという若い女性たちが長蛇の列を作った。多くが百部単位の同人誌の市場規模は積もり積もっていまや年間で推計数百億円。一般漫画本の6000億円市場を追い上げている。

 日本の高度成長を象徴する昭和40年代の「いざなぎ景気」は、鉄鋼、自動車、家電など基幹産業が生みだす大量生産・販売型の商品が爆発的に売れた。いま起きている経済のうねりは、男の働き手が引っ張ってきたこれまでの経済構造とは対照的に、女性がカギを握る「いざなみ」型の様相を強めている。

 少子化で働き手は減り始め、2025年には6300万人と、いまよりも400万人減る(労働省推計)。25歳から59歳までの男性の労働力率が100%近い日本では「女性が働かなければ成長を持続できない」(経済企画庁)。

 女性の社会進出が経済構造を大きく変えた米国の道を日本はひた走っている。それは企業や景気をどう変えるのか。少子・高齢化とともに、変化の行く末への不安も日本経済悲観論の深層にある。

 「いざなみ経済」の姿を日本経済新聞社の総合経済データバンク(NEEDS)で試算した。女性の労働力率がいまの50%から2010年に米国並みの59%に高まると、女性労働力人口は、現状の延長線で描いた標準予測に比べて500万人強増え、少子化による落ち込みを解消できる。

 失業率は上がるが国際的に割高な労働コストが下がる。消費者物価上昇率が標準予測を0.6ポイント下回る年0.5%となり、企業の実質所得が増える。投資や消費の活発化で2000年から2010年までの平均成長率は標準予測を0.3ポイント上回る2.5%になる。

 女性の社会進出は在宅介護や育児サービス、自己啓発などへの新たな需要を刺激する。昨年5月に閣議決定した「経済構造の変革と創造のための行動計画」によると、医療・福祉、生活文化の2分野だけで2010年までに市場規模が76兆円膨らむという。

 基幹産業を軸にした時代と違い、多数の小さな市場を集めた「多幹」型の構造になるのが「いざなみ経済」。一つ一つの幹は細く頼りなげだが、新たな成長への可能性も垣間見える。

 日本経済の現状からみるとこうした予測は楽観的に映る。しかし、それはあくまで、女性の社会進出が進むという前提が実現してのことだ。起業を促す規制緩和や、女性が仕事を続けやすい雇用環境作りは米国などに比べ遅れている。

 上智大学の八代尚宏教授は「この不況でも失業率は3%台。労働力人口が減少に転じる日本では成長率がちょっと上昇するだけで、労働力のボトルネックが起き、成長を制約しかねない」と警告する。バラ色のシナリオも裏返せば、女性を活用しきれない日本経済の行く末の危うさを示す。=敬称略

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