第3部 家族を問う

「日本経済新聞1面企画」

(2)結婚への反乱・自立が揺るがす常識

 新婦は披露宴の2時間前になっても現れない。青ざめる両親と、怒りに震える新郎側。新婦が早朝、宿泊先を抜け出したことがわかった。招待客は「新婦は急病」とだけ説明を受け、披露宴は急きょ会食パーティーに代わった。

増える式場離婚

 結婚式場の業界団体、日本ブライダル事業振興協会が昨秋、全国7カ所で開いた会合で、こうした“式場離婚”など解約事例の報告が相次いだ。年間2000組以上の婚礼を手がける大手式場では解約率が1割にも達している。

 協会の野田兼義専務理事は「かつては病気や事故が解約理由の大半だったが、今は多くが破談。特に女性からの婚約破棄が増えている」と明かす。解約の増加にたまりかねた協会はこの2月、挙式・披露宴をキャンセルした場合の標準的な違約金を明記した共通約款を作った。挙式・披露宴の10日前から前日までに解約すれば料金は見積もりの8割、といった具合だ。

 若い女性にとって、婚約の意味は大きく変わった。婚約期間は、相手やその家族を深く観察し相性を見極める試行期間となり、たとえ直前でも解約をためらわない。

別居のメリット

 女性の意識変化は、結婚生活の形も揺さぶっている。この春に挙式を控えた水谷恵子(仮名、29)の結婚準備は至って簡単だ。新居も探さず、家具どころか、なべ一つ買わずその日を迎える。結婚後も首都圏の実家から勤務先に通い、中国地方の工場で働く婚約者も職場近くの単身寮を出るつもりがないからだ。

 別居結婚は「仕事を続けることだけは絶対に譲れない」という水谷が7年の遠距離恋愛の末に導き出した結論だ。「初めから別居の結婚って何の意味が……」といぶかる周囲をよそに水谷は別居のメリットを強く感じている。「堂々と2人で旅行できるし、出産を考えると結婚の手続きは必要。それに、家事を母親に任せる気楽さは簡単に手放せない」。今のところ婚約者に転勤の予定はなく、別居結婚の終わりは見えない。

 結婚を経済学の観点から分析したノーベル賞経済学者、ゲイリー・ベッカー・シカゴ大教授の理論をもとにすると、結婚制度への反乱ともとれる女性の行動も経済的に説明できる。女性は結婚で仕事をやめることによる所得の喪失と、所得水準の高い夫と暮らすことによる経済的メリットをてんびんに掛ける。女性の所得が増え、夫との格差が縮まるにつれ、家事、育児の負担を妻が抱えるケースが多い結婚の価値は下がる。女性の所得水準と、結婚の価値は逆比例の関係ともいえる。

 こうした心理は統計にも表れている。30-34歳の女性の74.9%が「結婚しない生き方に賛成」(95年、経済企画庁)と答え、独身OLの貯蓄目的を聞いたアンケートでは「結婚資金」が首位の座を転落、「いざという時のために」がトップになった(96年、三和銀行)。

「負担減は錯覚」

 リクルートに勤める植田裕子(同、33)は「財布は別、子供なし、夫婦別居」が理想の家庭像。「縁があれば結婚したい」と思いつつ、仕事漬けの11年間を経て「もはや結婚へのあこがれは全くない」。仕事優先の信条は固く、女友達との共同生活も将来の選択肢に入れている。

 既婚男性と恋愛中のフリーライター、明石直美(同、32)は「愛情に忠実になるほど結婚に違和感をおぼえる。制度に頼らない方が純粋に人を愛せる」と言う。植田、明石の2人に共通するのは年収が1000万円に達し、経済的に自立している点だ。

 ただ、女性の結婚観の変化は、単に経済力の向上や仕事優先志向の強まりだけでは説明しきれない。

 石川実・奈良女子大教授は「急激に核家族化が進んだ日本では、欧米にくらべて育児などの家族機能の外部への代替が遅れた。女性の負担が減ったとの見方は錯覚で、高齢者介護などの負担は主婦に重くのしかかっている」と指摘する。「女性はそれを感覚的に察知し、結婚をためらうのではないか」

 式場離婚、別居結婚、非婚――女性たちの多様な選択の深層には、伝統的な結婚の形が象徴する「家族の常識」への異議が潜んでいるのかもしれない。=敬称略

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