(10)潜在市場ひらく「革命」

 かつて、医学に携わる人の大きな関心事は人体内部の仕組みを知ることだった。これに最初に答えたのは15世紀ルネサンス時代のレオナルド・ダ・ビンチで、この天才は750枚にわたる解剖図を残した。

 解剖図ができると、次は生体内部を直接見ることに関心が移り、18世紀にドイツで開発された膀胱(ぼうこう)鏡がそれをまず実現、さらに19世紀半ばに同じドイツで「硬性胃鏡」が胃の中をのぞく内視鏡として初めて実用化された。

 そして1950年、先端にレンズやランプを付けて胃の内壁を直接撮影する現在の内視鏡の原形となるものを、オリンパス光学工業が世界で初めて開発した。

  • 細さ追求の歴史

     医療研究者の夢が時代を経て一つずつ実現していく中で今、大きな期待のかかっている技術の一つが、開腹などをせずに体内深部を直接治療する「切開不要の手術法」。ミクロの内視鏡で21世紀には当たり前のものになる見通しだ。

     オリンパス内視鏡開発部の植田康弘グループリーダーによると、「内視鏡の歴史は細さを追求する歴史だった」。胃カメラも内視鏡の一種だが、最初に開発された胃カメラは直径1センチ程度の体管を通れる程度だった。今では血管に挿入可能な直径0.5ミリの内視鏡も商品化されている。

     「微細化」はかなりのスピードで進んできたが、内視鏡の基本的な機能はまだ体内の観察・診断にとどまっている。それを、手術、治療のレベルにまで広げることが、現在の医療関係者の目標だ。

     胃や食道、大腸など内視鏡を通しやすい臓器では手術、治療が一部で実施されているが、脳やすい臓など、もっと細い部位を通らなければならない患部でも直接的な治療・処置を可能にする試みが現在進んでいる。

     この分野で最前線を走っているのが、内視鏡で世界をリードしてきたオリンパス。同社は通産省のマイクロマシン開発プロジェクトの一環として、体内の細管部に挿入する管状の診断・治療器具であるカテーテルの先端部をあらゆる方向に曲げられる、直径1ミリの多自由度管状マイクロマニピュレーターを開発した。

     通電加熱で動かせる形状記憶合金をカテーテル先端に内蔵することで、すい管や胆管などの複雑で細い部位へも先端部を湾曲させながら挿入できるという。

     「微小多関節ロボット」とも言えるこうした形状記憶合金を使ったカテーテルは、東北大学の江刺正喜教授らも、直径1.2ミリのものを試作している。

  • 電子技術を応用

     最新のエレクトロニクス技術の応用も始まっている。今春、オリンパスは松下電子工業、ハイビジョン普及支援センターと共同で、すい臓の内部を鮮明に観察できる電子内視鏡を世界で初めて開発した。実際の手術などではさらに患部の堅さなどの触覚情報も必要であるため、オリンパスはマイクロ触覚センサーの開発も急いでいる。

     ただ、これだけで内視鏡などによるマイクロ外科手術が可能になるわけではない。あらゆる患部への到達と診断が可能になっても、手術・治療用のマイクロ機器がさらに必要となる。

     手術・治療の機能を実現させようと、大手医療機器メーカーのテルモは通産省プロジェクトの中で、マイクロレーザーカテーテルの開発を進めている。「複雑な構造のために手術が最も難しいとされる脳を克服すれば、他の部位への適用は容易になる」(テルモの松岡正・研究開発センター情報管理課長)。脳血管治療用カテーテルの実用化が目標だ。

     動脈硬化を起こした血管をレーザー光で焼き切ったり、脳内出血の元となる動脈瘤(りゅう)の血管内の膨らみをレーザー光と光硬化樹脂とでふさいでしまったりする。すでに外径4ミリ、長さ1センチ強のカテーテルを開発した。波長2.8マイクロ(1マイクロは100万分の1)メートルのレーザー光が最も効果的であることがわかり、肉片の切開が可能なことも確認している。

  • 医療費も抑制

     今後はカテーテルの大きさを4分の1以下に微細化することが課題だが、松岡課長は「診断、治療の機能を別にしたカテーテルなら2005年ごろには実用化できる見通し」と話す。

     カテーテルの研究の延長として、かつてのSF映画「ミクロの決死圏」のように、診断・治療の機能を持ったマイクロカプセルを体内患部に送り込む技術の基本構想も提案されている。

     「内視鏡による切開不要の手術は、100年前に普及した麻酔薬の導入に匹敵する革命だ。これが広まれば、手術をしたその日の退院も可能になり、先進国で問題になっている医療費増大の抑制にもつながる」。オリンパスの下山敏郎会長は開発にさらに拍車をかける。その先に、大きな潜在市場があるからだ。(特別取材班)

    [日経産業新聞]

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