(7)微粒子が化学を変える

 一定の温度以下になると電気抵抗が突然、ゼロになり、そのまま電気が流れ続ける高温超電導物質。この珍しい特性は「ペロブスカイト」と呼ぶ特殊な結晶構造が生み出している。この構造の物質は、磁気的に変わった性質を示したり、電気を蓄える誘電率が高かったりと多彩な機能を発揮するため、高機能材料の開発に結びつけようと研究が盛んになっている。こんな魅力的な物質作りにも、微粒子の技術がからんでいる。

 幅広い応用可能

 慶応大学の仙名保教授らのグループは、チタン酸鉛にマグネシウムとニオブがくっついたペロブスカイト構造の物質を、1マイクロ(100万分の1)メートル以下の微粒子に粉砕した上で焼き固めて作った。この新材料は携帯電話の電波変換用フィルターや圧電材料に使え、幅広い応用が見込めるという。

 従来の焼結法だと4時間もの長時間にわたって原料を焼き固めても、原料の25%しかペロブスカイト構造にならない。しかし、原料を1時間粉砕してから焼き固めると収率は一気に100%近くに達する。しかも、誘電率は従来法によるものより8倍に向上した。

 微粒子の利用で、熱エネルギーをそれほど使わずに、高機能材料を作ることができた訳だ。

 原材料を微粒子に粉砕して化学反応を起こす手法は「メカノケミカル反応」と呼ばれる。もともとエネルギーを潤沢に使えない旧ソ連・東欧諸国が低消費エネルギー型の製造技術として古くから研究してきた。だが、最近は温暖化対策のために省エネルギーの機運が高まっている日本で、この手法が再評価され始めている。

 積水化学工業が仙名教授と共同で開発した速硬化セメントはその典型例だ。水酸化アルミニウムと水酸化カルシウムを微粒子状に粉砕、反応性を高めてセメント原料に混ぜて作った。従来はセ氏1500度に加熱していたが、常温下で製造できるのが特徴。「地球温暖化物質の二酸化炭素(CO2)を大幅に削減できる」(永井隆・無機材料研究室室長)。

 速硬化セメントは通常丸1日かかる硬化時間が約3時間と短いので、高速道路や滑走路の補修工事やコンクリートのひび割れの応急措置などに使われている。耐久性に難があるため市場規模は年間60億−70億円と小さいが、「メカノケミカル反応を活用すれば、耐久性の課題も克服できるかもしれない。そうなれば用途はぐんと広がる」と北村真・副主任技術員は夢を描いている。

 環境調和に期待

 住設機器大手のINAXもメカノケミカル反応を利用して、セメントを短時間で作る技術を開発した。ほんの5分間だけ振動させて粉砕した原料を、従来よりも600度低いセ氏900度で焼き固める。短時間の粉砕で済むので、「風力や波力のエネルギーを粉砕にそのまま使えそうだ」と石田秀輝・空間デザイン研究所所長は環境調和型の新しい製造技術として期待する。

 INAXはセメント市場に進出することは考えていない。少ない熱エネルギーでタイルや軽量コンクリートを作ることが最終的な目標だ。しかも、原料には廃材や汚泥を使う計画。同社は既に熱を加えて化学反応を起こさせ、廃材をセラミックスに作り替える技術を確立している。化学反応の引き金に熱ではなく、メカノケミカル反応を活用できれば、環境調和型の製造プロセスになる。

 工業化へ研究会

 微粒子は化学反応の“調味料”と言えるが、ナノ(10億分の1)メートルの単位にまで粒子の直径をさらに小さくした超微粒子も、化学の世界で活躍し始めた。

 液体の溶液を混ぜ合わせて固体を作る場合、液体から固体に変わる瞬間に数ナノメートルの超微粒子ができる。この超微粒子をうまく使えば、新しい材料作りに役立つ――。日本の化学技術者はこんな期待をかけて研究に取り組んでいる。

 ただ、液体から超微粒子を取り出す場合、ビーカーの中ではうまくいっても、実際の工場内の大型プラント設備では思うように微粒子を操れないことがネックになっている。「微粒子の優れた性質は分かっても、工業化にはなかなか結びつかないのが実情だ」(花王の辻井薫・研究主幹)。

 国内の産学の研究者が集う化学工学会は今春、微粒子の制御技術を研究する研究会を発足させた。微粒子の制御技術を確立するのが狙いだ。通産省も「マイクロ粒子制御プロセス技術」というプロジェクトを立ち上げ、化学工学会を後方支援する。

 「環境問題の深刻化とともに、燃料多消費型の化学プロセスだけではやっていけない。微粒子をうまく活用して新材料を開発していくことが次世代化学工学のカギを握る」。化学界が微粒子に注目する背景を三菱化学の山口由岐夫・材料工学研究所所長はこう説明する。

 環境への配慮が不可欠な21世紀の製造技術の確立に向けて、微粒子が化学の現場を変える日は近い。(特別取材班)

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