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「これがテキサスブラックゴールド(テキサスの黒い金)だ」。ヒューストンにあるライス大学のナノスケール科学技術センター(CNST)で、ノーベル賞学者のリチャード・スモーリー教授は小瓶を見せてにやりと笑った。せっけん水のなかに浮かぶ黒い物質はカーボンナノチューブ。炭素原子が筒状に並んだ分子で、直径はナノ(1ナノは10億分の1)メートルレベルだ。髪の毛の1万分の1に過ぎない。
研究者たち熱狂
熱伝導性、電導性、強度などで優れた特性を持ち、電子素子から壁掛けディスプレー、電池、水素エンジンまで、その用途の幅広さから、超微細の世界の研究者たちを熱狂させている。
玄関ホールの飾りガラスにナノチューブをあしらったCNSTは、世界有数の同分野の研究拠点。ナノチューブの兄弟ともいえるサッカーボール状の炭素分子「バッキーボール(C60)」を発見し、96年度のノーベル化学賞を受賞したスモーリー教授が所長として陣頭指揮をとっている。
ナノチューブは自然界には存在しない。アルゴンガス中のグラファイト(黒鉛)にレーザーを当てて粉砕、銅製の水冷式収集機に付着させて回収する。CNSTでは、スモーリー教授ら十数人の研究スタッフが1日に1グラムを生産し、物性の研究や異なる原子を組み合わせた新素材の開発といった実験を繰り返している。「近くここに新しい実験設備を導入する」(スモーリー教授)予定で研究体制の強化も進めている。
着目しているのは、構造の違いによって異なる電導性を持つ点だ。チューブのねじれ方によって、半導体、電導体などの性質を使い分けられるという。「用途別に狙った構造を組み立てる技術の開発が大きなテーマの一つだ」(スモーリー教授)。
発見者は日本人
米IBMのワトソン研究所は、協力関係にあるCNSTから研究用のカーボンナノチューブの供給を受けている。
同研究所を取材班が訪れたとき、トビアス・ハーテル研究員がちょっと変わった実験を見せてくれた。複雑な形をした顕微鏡に接続したパソコンの画面上で、ナノチューブがシリコンの上を芋虫のようにはい回った。原子間力顕微鏡(AFM)による操作の実験だ。
「今は約4マイクロ(1マイクロは100万分の1)メートルの距離を動かすのに1時間かかる」(ハーテル研究員)。今後研究成果が蓄積し、自在に操れるようになれば、電導性を生かしたナノチューブ素子の開発に道を開く。
実はナノチューブの発見者は日本人だ。91年、NEC研究開発グループの飯島澄男主席研究員がC60を観察していたときに偶然発見した。「炭素分子の研究の主流はC60からナノチューブに移っている」と、自らが発見した夢の素材への自負心をのぞかせる。
飯島氏が注目している用途の一つが、壁掛けテレビなどディスプレー向けの電子ビーム源だ。三重大学工学部の斎藤弥八助教授が、中堅電子機器メーカーの伊勢電子工業(三重県伊勢市、田井清喜社長)と共同で世界で初めて試作に成功した。
ナノチューブに電圧をかけると、先端から放射状に電子を飛び出させることができた。この電子を蛍光スクリーンに当てて光らせる仕組みだ。
伊勢電子と試作した蛍光表示管は、アルミニウム薄膜を陽極に、ナノチューブを陰極にそれぞれ採用した。従来陰極にはタングステンなどの細い線を使っており、加熱用の電力が必要だった。ナノチューブを使うメリットは、加熱の必要がなく省電力であることが一つ。もう一つが従来法以上に高精細の表示が可能になることだ。
「20年内に量産」
最大の課題は、ナノチューブの量産が難しい点。現在の方法では1日に数グラムが限界とされる。三重大と伊勢電子は、工業技術院物質工学工業技術研究所と共同で電子ビーム源の実用化研究に挑むが、その第一のテーマは化学合成などによるナノチューブの量産。現在1グラム1万―3万円すると言われるナノチューブのコストを、「1キログラム数千円」(伊勢電子工業・下条徳英取締役開発部長)に引き下げることを目標にしている。
中長期的な応用分野では、水素を吸い込むという性質を使った、自動車用水素エンジン、超薄膜電池などがある。夢は膨らむ一方だ。「20年を待たずに量産技術は確立される。50年後には実用化がかなり進むだろう。間違いなく21世紀で最も重要なナノマテリアルだ」。別れ際のスモーリー教授の言葉が耳に残った。(特別取材班)

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