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「日経産業新聞 連載企画」


第2部 生き抜くサラリーマン (5)扇の要を悠々と

 「サラリーマンすごろく」で勝ち組を目指すでもなく、「渡り鳥人生」で高報酬を望むわけでもない。だが、組織と組織をつなぐ接着剤として会社にとって無くてはならない人材――。そんな生き方もある。自ら裏方に徹する道を選べば、たとえラインをはずれても「負け組」にはならない。皆から必要とされつつ、悠々と仕事を楽しむ究極のサラリーマン。それが「スーパー組織原理型社員」だ。

 特異な組織価値

 「おカネを積んでも、社長のイスを用意しても、彼は絶対落とせない」――。日本アイ・ビー・エムには海千山千のヘッドハンターたちをこう悔しがらせた“難攻不落”のサラリーマンがいる。それがネットワーク関連のビジネスを手掛けるe―ビジネス推進の黒部紘之氏(60)だ。

 同氏は通信システムやネットワークビジネスなど、日本IBMの中核を成す新規事業を次々と立ち上げた。社内表彰の経験も数知れない。にもかかわらず、定年目前での肩書は部長クラス止まり。外部から「冷遇されている」と誤解されるのもやむを得ない。

 しかし、「たとえ収入が倍になってもたいしたことはない。今の会社で最先端の仕事ができる方がずっといい」と黒部氏。その言葉通り、社内でも提示された出世コースは可能な限り固辞してきた。純粋に多種多様の仕事を“楽しむ”ためだ。初めて管理職となることを受け入れたのは35歳。渋々「イエス」と首を縦に振った途端、いきなり課長4人を従える次長クラスに抜てきされた。

 「名誉」や「報酬」に構わない黒部氏のサラリーマン哲学はもともと、技術者としての自然体から生まれた。だが、その生き方はいつしか同氏に特異な「組織価値」をもたらした。

 「黒部さんを知らないIBM社員はもぐり」。冗談交じりにこう言われるほど、携わった事業は多い。「製造現場と秘書室以外の職場で知らないところは無い」という社歴の持ち主。そこで培った人脈の豊かさが組織を横断する新規事業の立ち上げ時に効く。「黒部さんに頼まれたらいやとは言えない」由縁だ。

 部員“三顧の礼”

 出世競争に無縁であれば役員相手でも平気でずけずけとものが言える。「管理は面倒」だからこそ、部下は伸び伸びと能力を発揮する。ひょうひょうとした人柄も相まって、今では「組織のオーガナイザー」として欠くべからざる存在だ。

 2月24日、本来なら黒部氏が定年退職するはずだった日。会社近くの料理屋で「新人歓迎会」が開かれた。「新人」は昨年12月に新設された定年延長制度を利用して部員みんなに“三顧の礼”をもって迎えられた黒部氏だ。席上、手渡されたのは部員手作りの「再入学許可証」。「これまでのどんな表彰状よりうれしい」。受け取った黒部氏の顔に笑みがあふれた。

 強力な大阪人脈

 「勤務地 大阪」。丸紅大阪本社担当役員付部長、市橋伸彦氏(57)の社員原簿の勤務地欄には「大阪」の2文字だけが並ぶ。世界の隅々まで事業を展開する総合商社の中にあって、同氏は大阪だけで勤務し続けた異色の存在だ。

 海外赴任は辞退し、大阪の秘書・業務畑を歩いてきた。「海外も東京も知りません」。そう語る口調には控えめながら強い自信がにじむ。関西財界、商社、母校の関西学院大学の幹部など地元に張ったネットワークは強力で、市橋氏を通じれば電話1本で事が済む。

 84年から所属し、92年からは部長として市橋氏が率いた大阪業務部は別名「社員のリサイクルセンター」。厳しい指導と愛情で、トラブルや失敗で傷ついた社員を再生させてきた。

 そんな市橋氏の存在感が96年、組織を動かした。「大阪本社駐在役員付部長」というポストが新設され、市橋氏が就任したのだ。その能力をより自由な立場で活用しようという組織の工夫だ。社歴は地味でも、丸紅にとって必要不可欠の「組織価値」を築いた。

 これまでサラリーマンの人生設計に選択肢は少なかった。まじめに働き、社長に向かって、だんだん細くなる階段を同僚と肩をぶつけ合いながら上るだけだった。しかし、「雇用ビッグバン」は一筋だった道を一気に多様化する。

 人材マーケットに打って出るのも、会社の中で組織人として生きるのも、選べるキャリアは多種多様。必要なスキルや資格も様々だ。今、真っ先に進退の選択を迫られるのが団塊世代のミドルたち。自分が本当に目指すものは何か。見極めることが必要だ。(「社員と会社」取材班)

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