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「日経産業新聞 連載企画」


第1部 溶け出すサラリーマン (5)市場価値VS組織価値

 「これからは新卒を重点的に採用するように」――。昨年秋、米電算機大手NCRのラーズ・ナイバーグ会長兼最高経営責任者(CEO)は海外グループ会社の人事担当者に、こんな内容の電子メールを送った。これまで、同社の年間採用計画で新卒は全体の2割。残り8割は中途だった。会長のメールは世界各地でこの比率を「新卒6割、中途4割に逆転せよ」という“緊急指令”である。

旗色悪い日本型

 これには伏線がある。NCRの中途採用者の定着率は低く、「毎年退社する社員の半分は過去5年以内に中途入社」という数字もある。市場原理を重視し、高給を武器に外部の“即戦力”を獲得しても、ライバル他社が同様のやり方で優秀な人材を引き抜くためだ。

 NCRが新卒採用重視を打ち出した背景には、会社に対する忠誠心の薄い人材を大量に抱えても、長期的には会社のコアビジネスを支える中核人材を育成できないという危機感がある。

 米国は日本に比べて労働力の流動性が高く、それが競争力の源泉になっている。だが米国型の雇用システムをグローバルスタンダード(世界標準)ととらえ、そのまま日本型モデルと入れ替えるのは早計だ。

 日本型雇用システムは社員の能力を「職能」と位置づけ、各職能を昇給・昇進と連動させる「職能資格制度」を土台に成り立っている。一方の米国型は、企業における職務の難易度や責任に応じて賃金の多寡を決める「職務制度」を採用している。

 大ざっぱに言えば、社内で時間をかけて社員の職能を育成する日本企業は「組織価値」を、社内外から職務に応じて最適な人材を調達する米企業は「市場価値」を重視している。それぞれ一長一短はあるが、日米比較をすると最近は高コスト体質を指摘される日本型の旗色が悪い。

 だが「市場価値が万能」と言い切れるほど雇用システムは単純ではない。米国でもNCRのように「市場主義」に対する“揺り戻し”が起きているし、組織価値を重視した仕組みを導入する動きも相次いでいる。

 米化学大手のダウ・ケミカルは97年から全世界で若手社員を対象に、日本の職能制賃金によく似たコンピタンシー(能力)重視の賃金体系を導入した。半導体大手のモトローラは最近、従業員向けに保育施設を建設するなど福利厚生の増強に動いている。いずれも社員の組織価値を高め、コア人材を育成するのが狙いだ。

市場価値も「壁」

 市場価値から組織価値へシフト――。こうした流れは日本の中小・ベンチャー企業にも当てはまる。多くの中小企業は経営効率を追求するあまり、組織価値より市場価値を優先するケースが多いが、成長過程で「壁」にぶつかる。

 小売りベンチャーの代表格ファーストリテイリング。「新しい社員が入社しても、その日から即働ける透明な組織」。同社の競争力の源泉は、本部が決めたマニュアル通りに社員が各店を運営できるオープンな仕組みだ。小さな本社と新卒大量採用の即戦力化が奏功し、84年の第1号出店から10年余りで日本最大のカジュアル衣料品店チェーンに成長した。

 だが最近になって一転、同社は組織価値重視に傾きつつある。昨年2月、山口市内に28億円を投じて新本社ビルを建設。ビジネスホテル並みの宿泊棟や会議棟、体育館、グラウンドを併設した。社員の定着率向上とプロ社員の育成が狙いだ。

 転機は1年前に同社を襲った販売不振。消費低迷と暖冬という「マニュアル」に記載されていない環境変化がおき、若手中心の現場は混乱に陥った。

 「真のプロとは自分で問題点を発見し、解決できる人だが、外部から必要な時に連れてきて簡単につまみ食いできると考えるのは甘い」。創業者でオーナーの柳井正社長は反省を込めて語る。

社風が付加価値

 日本企業が今後目指すべき雇用システムは「組織原理と市場原理を混在させた柔軟なモデル」(三和総合研究所の吉田寿・人的資源戦略室長)だろう。

 日本の大企業でも、ソニーの「ソニーイズム」に象徴されるように、社員の独創性や集団的な頑張りを重視するその会社固有の社風が、ある種の商品付加価値を生み出している。同社の森本昌義上席常務(人事部門担当)は「今後は社員の働く動機など組織価値を各人の持つ能力としてとらえ、定量化したい」と語る。組織価値を否定するのでなく、市場原理を導入して再活性化する路線だ。

 日本型の組織価値と米国型の市場価値がぶつかり合い、新たなパラダイムを生み出そうとしている。その先に、日本の未来型雇用システムの原型が見える。(「社員と会社」取材班)=この項終わり

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