縮まる日韓の距離・若者に新しい芽
日韓の親善試合前、ハングルと日本語で表示された2002年W杯の成功を呼び掛ける電光掲示板=98年4月1日、ソウル五輪スタジアム[共同]
 「韓国と日本のW杯(ワールドカップ)善戦を祈ります」―。日本語で書かれた大きな横断幕が、赤いユニホーム姿の韓国サポーターでぎっしり埋まった観客席2階に掲げられた。ソウルの五輪スタジアムで4月1日に行われた日韓親善戦。

 第2次大戦後、歴史認識などでこじれてきた日韓関係だが、サッカーの世界ではフランス大会へのアベック出場、2002年大会の共同開催を機に、日韓の「距離」は確実に縮まっている。

 横断幕を掲げたのは韓国のサポーター集団「レッドデビルズ」。日本がW杯出場のがけっぷちに立った昨年11月の最終予選でも「フランスに一緒に行こう」と、日本側にエールを送った。

 リーダーの1人、李鍾大(35)は「ともにW杯に出場することは意義深いと思う。お互いに刺激になって、いい効果が現れるだろう」と話す。

 慶尚北道亀尾市の大学生孫東勲(21)も「日韓がパートナーとしてやっていくのはいいこと」と笑顔を見せた。

 試合が終わると、雨でずぶぬれになった日韓のサポーターが一緒にソウルの街に繰り出し、ビールを飲みながら健闘をたたえ合った。

 「W杯効果」に好感をもっているのは若者ばかりではない。韓国OB蹴球(しゅうきゅう)会の李会長(87)は「戦後、韓国民は中国には負けても、日本には負けたくないと考えてきた。だが、最近は若い世代を中心に、日本と一緒に頑張ろうという意識になっている」と、友好ムードを歓迎する。

 李は日本統治時代の1935年から約7年間、日本代表としてプレー。W杯スイス大会の出場権をかけた54年の日韓戦では韓国代表の監督を務めた。当時の李承晩大統領から「日本に負けたら玄界灘にそのまま身を投げろ」と言われた経験を持つ。

 84年12月に東京で開かれたトヨタカップなどで審判を務めた金洙徳(65)も「サッカーをする人はすべて友人。アジアから2チームが代表になるなら日韓一緒がいい」。

 朝鮮問題に詳しい慶大教授の小此木政夫(53)は「日韓は敵対関係でなくライバル関係。勝ったり負けたりしながら互いに発展すればいい。W杯は日韓の新しい記憶になる。過度に強調された敵対の記憶がない若者を中心に、芽生えた新しい関係を育てていきたい」と期待を込める。(敬称略)〔共同〕


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