あのとき、感じたこと。〜 スクープの裏側にある情熱 〜

オバマ大統領広島訪問の特報「点」と「線」と「面」

2016年4月22日付夕刊1面トップで「オバマ氏 広島訪問へ 米国大統領初、来月27日で調整」を特報した。戦後71年、原爆を投下した米国の大統領が訪れることのなかった被爆地、広島。報じた後も半信半疑で受け止められ、5月10日の正式発表まで日米の多くのメディアは追いかけることさえできなかった。

吉野直也 ワシントン支局記者 1993年4月、日本経済新聞社入社。東京本社編集局校閲部に配属。94年3月政治部、2000年3月経済部、02年9月政治部 11年政治部次長を経て12年4月ワシントン支局でホワイトハウス、国務省、国防総省、議会を担当。2016年に「『核なき世界』の終着点 オバマ対日外交の深層」(日本経済新聞出版社)を上梓した。

教科書に刻まれるであろう史実 先んじて報じる

 71年もの間、封が解かれなかった米大統領の広島訪問は、取材も判断も難しかったことを物語る。戦火を交えた日米は戦後、世界の同盟モデルでも特筆されるほどの関係を築いたが、日本にとって米国による原爆投下は奥深くに刺さったトゲだった。 オバマ氏の広島訪問は、その後の安倍晋三首相の真珠湾訪問の呼び水になった。日米のわだかまりがさらに氷解し、関係が強固になったのは間違いない。教科書に刻まれるであろうこの史実を先んじて報じ、歴史的な意義を説明できたことは記者冥利に尽きる。ただし、そこに至る道のりは平坦ではなかった。オバマ氏の広島訪問の端緒は7年前にさかのぼる。黒人初の米大統領に就任したオバマ氏は1年目の2009年に「核兵器なき世界」を掲げ、ノーベル平和賞を受賞した。その年、日本を訪れ「在任中に被爆地を訪問できれば、光栄だ」と表明した。 ところが、その後、その構想は宙に浮いたまま既に7年が経過していた。最後の訪日になるとみられた16年5月に日本で開く伊勢志摩サミットで、被爆地を訪れなければ、オバマ氏の意欲は空振りに終わる。米大統領が被爆地を訪れない戦後71年の歴史に時間が積み重ねられることになる。 事象が単純であればあるほど取材は難しい。今回の件でいえば、オバマ氏が被爆地を訪れるのか、訪れないのかの二者択一だ。その中間はない。ニュース取材の競争は勝者と敗者が明確に分かれる。 訪れれば、日米の歴史が変わるニュース。訪問したいと明言していたオバマ氏が訪れないこともニュースだ。もう一つ、このニュースの特徴は、オバマ氏の決断に焦点が当たるため、日本国内にとどまらない世界的なニュースである点だ。

世界有数のメディアとの取材競争 永田町の政治取材生かしてスクープに迫る

 米有力紙ワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズ、ABC、NBC、CNNの各テレビなど世界有数のメディアとの取材競争にもなる。世界のどのメディアがトップニュースで訪問の日付を特定して書くか、または訪問断念と書くか。ニュースの行方はこの一点に絞られた。 安倍晋三首相の政治決断を日本で取材する外国メディアがスクープすることは、まずない。オバマ氏の広島訪問に関するニュースは米メディアの面子もかかる。ワシントンで取材する外国メディアの日本経済新聞がスクープするというのは、常識ではあり得ないことだ。 その常識に挑戦することから始まった。国家の最大の機密は権力群の人間関係である。昨日の友が今日の友である保証はないし、昨日の敵が今日の敵である保証もない。人間関係は生き物だ。オバマ氏の意思決定を巡る人間関係の読み解きに注力した。モデルは永田町の政治取材だ。 政治取材はまず首相官邸で「総理番」という仕事から始まる。首相官邸でその日に首相が誰と会い、何を話したかを面会した後に官邸内での「ぶら下がり取材」で聞くのである。テレビなどでもそうした場面が出てくるので、覚えている方もおられよう。「総理番」は、ぶら下がると同時に首相動静を原稿として出稿する。首相が誰と会うか一つ一つは「点」でも、それをつなぎ合わせて「線」にし、その「線」を束ねて「面」にすると浮かび上がるものがある。首相の意向や、政府内で共有されている問題意識だ。 古今東西、政治取材の基本は同じだ。首都ワシントンのホワイトハウスの米メディアの記者も大統領が面会した人物にぶら下がり取材している。第45代大統領に就任した現在のトランプ氏の取材も同様だ。トランプ氏がホワイトハウスに入るまでに拠点としていたトランプタワーでも米メディアの記者はこのぶら下がり取材を展開していた。

 広島訪問でいえば、オバマ氏を取り巻く人間関係を見誤ると歴史的なニュースは誤報に変わるリスクが高まる。ワシントン支局や政治部の同僚と「点」となる情報を丹念に集めて「線」につなげ、それを束ねて「面」でみる基本動作を繰り返した。 浮かび上がってきたのは米政府内の広島訪問推進派と反対派の綱引きだ。オバマ政権にとって内輪もめが外に出るのは好ましくない。特に超大国、米国のホワイトハウスの人間模様は、国家機密そのものだ。米当局者はかん口令を敷く。 当局者のこんな態度からも、このニュースの重みがうかがえる。当局者のかん口令にひるんではいられない。基本動作を続けた。3つのことが鮮明になってきた。 一つはオバマ氏広島訪問推進派の勢いが衰えていない、2つ目は反対派に軟化の兆しがある、そして最後は中立派が推進派に傾いている。この「点」をつなぎ合わせて「線」にし、「面」でみるとオバマ氏の訪問決断は秒読みということになる。 仮にそうなら受け入れ側の日本にもその空気は伝わっているはずだ。日本の要路の情報を「点」から「線」にし、その日米の2つの「線」を束ねて「面」にし、何度も分析。政治部の情報も合わせてたどり着いた。「オバマ氏の広島訪問は5月27日で間違いない」。 4月22日付夕刊1面トップで「オバマ氏 広島訪問へ 米国大統領初、来月27日で調整」の見出しが躍った。世界のあらゆるメディアに先駆けて放ったスクープだった。

談論風発な社風が取材を後押し 正論を骨太に書く役割と使命

 この特報は、野球にたとえれば、グラウンドの選手(記者)とベンチ(編集局)の一体感を生む談論風発で自由闊達な日本経済新聞の社風、140年を超えるこの社の伝統と歴史が「見えざる手」として我々の日々の取材活動を後押しし、奮い立たせてくれている結果だと確信している。 米国は大統領がオバマ氏からトランプ氏に代わった。ツイッターなどソーシャルメディアを使い、一方的な発信をする。意に沿わない国、企業、そしてメディアを恫喝し、揺さぶる。事実と異なってもトランプ氏の側近は「オルナタティブ・ファクト(もう一つの事実)」と強弁し、全体主義まがいの発言をする。 欧州では極右政党の台頭など排外主義的な動きが広がる。世界は不安定と不確実性のさなかにある。情報が洪水のように流れ、取得が便利になればなるほど、メディアの「信頼性」が最大の国際競争力になる。正論を骨太に書くメディアの役割と使命は、ますます重要になる。そのことを今一度、肝に銘じたい。

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