あのとき、感じたこと。〜 スクープの裏側にある情熱 〜

「サントリー、外部から社長」創業150年を超える老舗企業の大きな転換点となる舞台裏を追いかけた。

2014年6月24日付朝刊1面トップで「サントリー、外部から社長~新浪ローソン会長」を報じた。サントリーホールディングスが創業から4代にわたって続けてきた同族経営を脱し、コンビニエンスストアの経営で実績を残した新浪氏をトップに迎え入れるニュースを特報した。記事では日本でも外部から実績のある「プロ経営者」を招く動きが加速しているという解説を掲載。この分析は様々な新聞やテレビ番組で取り上げられ、取材班が作成した「プロ経営者リスト」とともに紹介された。7月1日のサントリーHDの正式発表を受け、2日付朝刊では総合面に新浪氏の単独インタビューを「自信も怖さもある」の見出しで掲載した。12年間のローソン時代を振り返り「後半は独裁者になっていた」という経営者としての苦悩を引き出し、新天地に向けて「自信が無ければ社長を受けないが、怖さもある」との心境を伝えた。

中山 修志 東京・編集局 企業報道部

「一体いつ、誰になるのか。」創業以来初となる社外からの社長人事。

 2014年3月、3年間の名古屋支社勤務を終えて東京本社に戻り、酒類業界の担当になった。前任の担当者から懸案事項の引き継ぎを受け、サントリーホールディングス(HD)の社長交代が近いことを伝えられた。 サントリーHDの社長人事は、酒類業界の歴代担当の最大の懸案のひとつだった。創業一族の佐治信忠会長兼社長(当時、現会長)が過去数年、決算発表の場などで「近く社長を退く」という発言をくり返していたためだ。 当初、後任社長の最有力とみられたていたのは創業者の鳥井信治郎氏のひ孫で、グループの中核企業、サントリー食品インターナショナル社長を務める鳥井信宏氏だった。だが、鳥井社長は48歳とまだ若く、サントリー食品は2013年に株式上場したばかりだ。佐治氏や関係者への取材を続けるうち、現時点で鳥井氏への直接バトンタッチの可能性は低いという感触をつかんだ。 ではいつ、誰につなぐのか。トップ人事は企業にとって最重要の機密事項だ。サントリーは老舗のオーナー企業でもあり、トップの佐治氏の意向次第という面もあった。関係者への取材は困難を極めた。6月のある日、有力な情報がもたらされた。関係者のひとりが「後任は社外のようだ」と重い口を開いた。この情報をもとに後任候補を探った。 以前、佐治氏は「ワシはもうすぐ70や。後任は若くて元気なやつ、50代くらいがちょうどいい」と語っていた。社外の元気な50代――。ふと、ひとりの人物が頭に浮かんだ。

仮説を立て、疑問を解決するように慎重に取材を進めていく。すると一つの答えが見えてくる。

 直前の5月、12年にわたりローソンの社長、最高経営責任者(CEO)を務めた新浪氏が代表権の無い会長に退いた。駆け出し記者だった20代の頃、コンビニ業界の担当として新浪氏を取材して以来、注目していた経営者のひとりだ。退任会見での新浪氏の「将来は何か新しいことをやるかもしれない」という言葉が印象に残った。 新浪氏は当時55歳。佐治氏がサントリー社長に就任した年齢と重なる。大手コンビニエンスストアのトップとして佐治氏とも親交が深い。「後任は新浪氏かもしれない」との仮説を立て、慎重に取材を進めた。 事態がさらに動いたのは6月下旬だ。7月1日にサントリーHDが臨時取締役会を開くという情報がもたらされた。議題は未定だが、人事の可能性が高い。細心の注意を払いながら確認を続け、後任は新浪氏で間違いないとの確証をつかんだ。 24日朝刊で「サントリー、外部から社長」「ローソン新浪会長」を掲載。日経の報道を受けて自宅前に詰めかけた記者団に佐治氏が「新浪さんに来てもらうことになりました」と認め、新聞各紙やテレビ各局がトップ級のニュースとして追随した。歴代担当の思いを引き継ぎ、わずかなヒントをたよりに粘り強く取材を続けた成果がようやく実った。

トップ取材を通じて、企業のほんとうの姿を知ることができる。

 トップ人事は日経新聞の企業取材において最大のテーマのひとつだ。トップの交代をいち早く書くことだけが目的ではない。トップ人事という企業の最重要の案件に関わり、関係者への取材を続けるなかで、その企業への理解が深まっていく。投資家や取引先の関心が高いだけでなく、トップの人選には企業がこれから向かおうとする経営の方針が凝縮されている。サントリーは14年5月に1兆6000億円もの巨費を投じて米蒸留酒最大手のビーム(現ビームサントリー)を買収したばかりだ。国内の酒類市場が縮小するなかで、海外での事業展開が成長のカギを握る。新浪氏は米ハーバード大で経営学修士号(MBA)を取得し、世界の政財界の重鎮が集うダボス会議などに積極的に参加し海外人脈も広い。サントリーはグローバル化を急ぐために、新浪氏の可能性にかけたのだ。この判断が吉と出るかは凶と出るかは、今後の同社の業績が示すことになる。創業150年を超える老舗企業の大きな転換点に立ち会ったことは今後の取材においても大きな経験になるはずだ。

知ったふりをせずに、何度も問い続けると、その先に見つかるものがある。

 常に「なぜか」という意識を持ち続けることを心がけている。新人時代、先輩記者から「取材中に『なるほど』と言うな」と教え込まれた。記者はその分野の専門家とは違う。訳知り顔をせず、簡単に納得せず、何度も問う。案外これが難しいのだが、繰り返した先に見つかるものがあると信じて続けている。学生のころ、同期と一緒に就職活動を始めるのがいやで、1年休学して海外を旅した。いま思えば、可能性にあふれた学生から、どこかひとつの企業を選んで「何者か」になるのがいやだった。翌年、やはり何者にもなりたくなくて、新聞記者を選んだ。記者は全人格をかけて事実と向き合う仕事だ。想像力をフルにはたらかせて、自分とは違う立場の人たちを理解しようとする。難しさもあるが、やりがいは非常に大きい。就職にあたって、社会でめいっぱい暴れてやろうと思っている人には、記者の仕事はお勧めだ。

TOPへ

pagetop