新聞をベースに、世界最先端のメディアへ。目指すは情報プラットフォームビジネス領域で世界一へ。

財満大介×片岡美緒

Zaima Daisuke

日経電子版の開発は、新たな新聞読者市場の開拓を視野に入れた意欲的なプロジェクト。

インターネット世代にも新聞と同じように質の高いニュースと言論を届けたい。ネット時代の新しいジャーナリズムを確立したい。そんな思いから2010年3月に創刊された日経電子版。2017年1月には登録会員330万人、うち有料会員は50万人を超え、世界有数のデジタルメディアに成長した。

「これまで日経新聞は、紙の新聞というフォーマットでした。現在も有力なメディアとしてビジネスパーソンの信頼を勝ち取っていますが、一方で新しいツールやデバイスの登場により、これまでにない情報の伝え方・受け取り方が可能になりました。時代の要請に合わせたサービスを提供しなければならないという使命感が、電子版という新しいメディアを生み出したと思います」。

電子版誕生の背景をこう分析するのは、マーケティング・プロモーション担当として電子版の有料会員獲得に注力する財満大介。電子版創刊当時は、経済部の記者としてニューヨークに駐在していた。デジタル化の波は、現場の記者にも影響を及ぼすのだろうか。「文章を書くところは基本的に変わりません。でも、場合によっては取材現場で動画を撮影するなど、電子版ならではの新しいスキルが求められるようになります。そこは新たなチャレンジになると思います」。

Kataoka Mio

2009年からエンジニアとして、電子版の開発プロジェクトに加わったのは片岡美緒。当時、入社2年目だった片岡は、日経の将来を左右するようなデジタルメディアの開発に携われるとは思ってもみなかったそうだ。「若手に権限を与えてくれる風土だと理解はしていましたが、数ある日経の開発業務の中でも全く新しいサービスを構築する機会は、そうあることではなかったので、新人の私がゼロから新しいものをつくる機会に恵まれたことは本当にラッキーでした」。

しかし、いざ始めてみると「時間との闘いもあり、システム設計と並行して要件を具体的に決め直していかなければならないこともあった」という。片岡が担当していたユーザー管理システムの開発では、マーケティング担当者と打ち合わせを密に行い、プロモーションに欠かせない機能の追加や改善など、細部にわたって一つひとつを詰めていったそうだ。

マーケティング担当者と幾度となく検討したのは「有料会員のメリットを分かりやすく効果的に伝える機能について」。いま電子版の有料会員は、登録会員全体の2割弱。8割強は無料会員だ。有料会員へ移行を促すには、一人でも多くの無料会員に有料サービスの価値や利便性を実感してもらうこと。有料プランのサービスを無料で体験できるキャンペーンはその一環だ。もちろんシステムに反映させるのは、片岡たちエンジニア。ニュースコンテンツを編集し、サービスを提供する“製造部門”と、それを売る“販売部門”が一体となった取り組みが、電子版では当たり前の光景になっている。

ログインIDの統合で日経グループ全体で利用できる新たなデジタルサービスを模索。

2010年に電子版がサービスを開始したことで、日経グループには2種類のログインIDが共存することになった。1つは電子版へのログインに必要な「日経ID」。もう1つはグループ会社の日経BPが以前から運営していた、日経ビジネスオンラインやITproなどのログインに必要となる「日経BPパスポート」である。

このため日経グループのウェブサービスを利用する際、ユーザーは2つのIDを使い分ける必要があった。こうした面倒なインターフェースは、客離れにつながる可能性もある。そこで日経グループが進めてきたのがログインIDの統合による、日経IDへの一本化だった。

日経グループ全体で利用できる、まったく新しいデジタルサービスの開発、提供を前提とするならば、1つのIDをグループ共通で使えるようにしたほうが便利で、ユーザーの負担も少ない。2014年4月からID統合を段階的に始めた。

ID統合に際しては、いずれの会員にもメルマガで段階的に告知を行ったほか、各コンテンツのログイン画面から統合手続きができるような機能を搭載した。

「今回のID統合を皮切りに、日経IDをベースにした日経グループとユーザーとのコミュニケーション、あるいはユーザー同士をつなぐことができる仕組みなどの新しいデジタルサービスを企画・開発することが現在の私の役割です」。

片岡が電子版の開発に携わるようになった2009年、日経内では電子版創刊に備えて新たな組織を編成した。電子版の企画からマーケティング、プロモーション、システム開発まで一気通貫で取り組む「デジタル編成局」の誕生である。この組織は、その後、電子版が軌道に乗ると、新しい機能やサービスの追加など、電子版のブラッシュアップはもちろんのこと、日経グループ全体としてまったく新しいデジタルサービスを開発、新規ビジネスの芽を育てることを課せられた。

2014年の春、当時、日経がパートナーシップを結び、その後買収することになる英国の新聞社、フィナンシャル・タイムズ社(以下、FT社)へ財満が2週間ほど視察に出かけたこともこうしたミッションと密接な関係があったのである。

顧客の声に耳を傾ける。お客さま目線こそ日経のプレゼンスを最大化するカギとなる。

FT社は電子版の有料サービスでは世界でもっとも進んでいる新聞社のひとつだ。「視察の目的は、デジタルメディアを駆使して収益を伸ばすFT社の事業スキームや、ビジネスに対する考え方、価値観を学び、日経の電子版サービスや新規事業の創出に生かすことでしたが、本当に“目から鱗”の海外研修となりました」。

財満によれば、FT社はすでに紙の新聞から電子版に軸足を移しているそうだ。以前は紙の新聞用にまとめられた記事を電子版に展開していたが、現在ではまず電子版に記事を掲載し、そこからピックアップした記事を翌朝の朝刊に掲載し、発行しているという。

そもそも、「FT」の読者は、紙より電子版だけ読んでいる読者のほうが多い。このように顧客がメインとサブを逆転させたことを受け、FT社もビジネスの発想を逆転させた。「マーケットの環境変化に応じて柔軟にビジネスを変え、報道機関としても進化している。その“しなやかさ”と“したたかさ”はすごいなと思いました」。

またFT社は、紙の新聞の最終締切時間である午後11時過ぎまで働くそれまでの業務フローやタイムスケジュールを見直した。金融ニュースの速報などを担当する記者のスタートは朝6時。締切時間を繰り上げ、遅番の社員も遅くとも午後9時にはすべての業務を終了し、スタッフ全員が会社から引き上げるようにするなど、思い切って働き方そのものを朝方にシフトにしたのである。

もちろんFT社のやり方がそのまま日経に当てはまるわけではない。しかし、顧客の要望に応じて情報の届け方を変え、自分たちの働き方も変えてしまうという発想は、「とても学ぶところが大きかった」と財満は言う。商品やサービスを“お客さま目線”で捉える。この視点こそが、日経のプレゼンスを最大化するカギになりそうだ。

「もちろん報道の中身を、読者に迎合したものに変えようという話ではありません。ニュースを発掘し、伝えるべきニュースの価値を追求するなど、報道機関としての使命を果たすことが大前提。その上で、たとえばサービスとして、フォーマットとして、どんなデバイスを使うか、必要とする情報をどのように受け取りたいのか、そうしたお客さまの要望に耳を傾け、柔軟に応えていくことが現代のニュースビジネスでは求められているのではないでしょうか」。

片岡が話を引き継ぐ。「これまでのように一方的に情報を提供して終わりではなく、ビジネスパーソンが受け取った情報をいかに加工して自分のビジネスに役立てるか、というツールや機能のところまでもっと踏み込んで、新しいサービスを展開していきたい」。

財満や片岡たちデジタル編成局のメンバーが、ビジネス領域における世界一の情報プラットホームをめざすのはこのためだ。そのプラットホーム上では、記事を保存できたり、プレゼン資料づくりに生かせたり。欲しいデータが引き出せたり、同僚と共有できたり。議論を戦わせることができるなど、サービスの様々な可能性が考えられる。そう、新しいビジネスのヒントは、いつもビジネスパーソンの言動や行動に隠されているのだ。

第二創業期ともいうべき新章に突入。ニュースビジネスのダイナミズムを感じてほしい。

あまり知られていないが、いまニュースビジネスの現場が熱い。電子版というデジタルメディアの登場により、至るところでイノベーションが起きているからだ。

「最近、IoT(Internet of Things)という言葉をよく耳にしますが、暮らしの中でインターネットとつながる機会がますます増えています」というのは片岡だ。

「たとえばメガネや時計といったウェアラブルなデバイスの登場が、PCやスマホ以上に人間の生活スタイルに変化をもたらすかもしれません。もしかしたら今後はまったく新しい形のデバイスで日経の情報と触れ合う機会が増えてくるのではないか。そういった可能性を視野に入れながら、何か新しいサービスを展開出来たらと考えています」。

また、既存のツールやシステムに捕らわれず、今後開発されるものや、世の中の進化に対して後れをとることなく、「むしろ仕組みやシステムを先取りするような形で新しい日経との付き合い方をユーザーに提案するような、あるいはベンチャーとチームを組むなど自分たちにはない発想を積極的に取り入れることも視野に入れたい」と片岡は言う。

一方、記者出身の財満は「これまでと変わらず、日経を信頼し、利用してくれるビジネスパーソンのニーズを正面から受け止めたい」という。

「電子版のサービスを考える時に大事にしているのはシンプルなことで、やはり使って役に立つ、便利だなと思ってもらうこと。そこに尽きます。結果そういうものが生き残っていくと思う。スマホも、コンビニも、宅配便も、みんな便利だから使っている。やはり成功しているサービスは、その有用性をみんなが認識しています」。

ビジネス情報は働く人であれば当然何らかの形で必要としているものだ。それは時代がどう変わっても、変わらない部分だ。変わる部分は、どのようにしてそれを得るか、という伝わり方の部分。商品サービスパッケージの部分は時代に応じて変わっていく。みんなが必要とするコアはぶれずに、それをいかに便利な形で届けるかということを考えていれば、おのずと将来の形が見えてくる。

「現在の電子版は、日本人向けのサービスです。しかし最近では日本人が活躍する舞台がグローバルになってきました。こうしたビジネスパーソンの海外出張先には、彼らのビジネスパートナーが存在します。現地の人であったり、他所の国から来た人であったり。英文媒体を含めて我々日経のデジタル事業は、そこまで視野を広げ、育てていきたい。従来の役割、発想にとらわれず、ビジネスの領域で求められているものが何かを柔軟に考えていく。目指すはビジネス領域における世界一の情報プラットホームです」。

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