東京・新宿駅から山手線の内側方向に約15分歩くと、幹線道路の裏手に古い空き家や空き地が目立つ一角がある。静かな風が空き地を吹き抜け、小さな神社の赤い鳥居をなめてゆく。猫がのっそりと路地を横切る。
「このあたりが西富久地区です。新宿の真ん中だとは思えないでしょう」と、早稲田大学理工学部の研究員で都市環境が専門の増田由子さん(52)は話す。彼女は地区の再開発準備組合のコーディネーターとしてこの街の再生に執念を燃やす。
約2.7ヘクタールの区域はバブル期、地上げの舞台となった。かばんに札束を詰めた男たちが歩き回り、家を売る人と残る人の間で不信感も生まれた。そしてバブル崩壊。男たちが語ったビルは空中楼閣に終わった。住民の平均年齢は70歳を超える。1990年代半ば、増田さんが街づくりの勉強会で西富久の住民と出会ったとき、街は死にかけていた。
「見過ごせない」。病院をたらい回しされた晩年の義父の表情が脳裏に浮かんだ。「体が不自由になっても人生の最後まで楽しく過ごせる環境をつくりたい」。40歳を過ぎてから大学院に入ったときと同じ、熱い気持ちがわいた。
「夏祭りや寝そべる猫の姿がなくならない街がいい」という住民の漠然とした願いを元に、今の暮らしを続けられる再開発を形にする。いくつもの模型を、深夜まで学生と組み立てた。
事業採算性と住民の希望にはズレが生じる。ゼネコンと住民のはざまでもみくちゃになりながらまとめたのは、65階建てマンションと屋上住宅付きの7階建てビルを並べる案だ。神社は残し、夏祭りのための広場をつくる。
そして2002年夏、西富久を含む約10ヘクタールが都市再生特別措置法に基づく緊急整備地域に指定され、計画は大きく前進した。「これからが本番」と見上げる青空に、未来の街の姿が重なる。
バブルの負の遺産は都心に散在する。ビルの谷間の空き地、にぎわいが消えた繁華街――。こうした土地を金銭的な投機対象としてではなく、人々が安心して暮らせる街づくりのための徹一の素材と考え、実現に向けて奮闘する女性たちもいる。高い理想と現実的な思考回路を供えた彼女たちの大胆さは、ときに男性を上回る。
高級料亭街として知られた東京・赤坂。バブルを経て歓楽街の印象が強まり、昼夜の別なく違法駐車の列が並ぶ。この街を女性向けのおしゃれな待ちに変身させようと奮闘するのは商店街振興組合「エスプラナードアカサカ」の城所ひとみ理事長(56)だ。
風俗店とのつきあいは避けて通れない。街づくりに協力してもらうため、意を決してこわもて経営者の事務所に足を運んだ。結果は快諾。「話せばわかってもらえる」と実感した。次に違法駐車対策で国に挑戦した。違法駐車は駐車場が足りないせいだが、地価が高い赤坂周辺では大規模な駐車場用地の確保が難しい。あるとき、国道の地下に工事用の資材置き場があることがわかった。「駐車場にぴったり」と考え、旧建設省の担当者に直談判。公営地下駐車場を実現した。
女性を呼び込む策として考えたのは結婚式。準備や披露宴を商店街が全面的に支援する。昨年末、第一号のカップルが式を挙げた。ロマンチックな思い出を赤坂でつむげば、何度も街を訪れてくれると信じている。
バブル崩壊後、証券会社などが相次いで倒産。地価が下落しオフィス街の競争力が弱まったといわれる東京・日本橋(中央区)でも、再び飛躍を狙う動きがある。老舗の若手経営者らが99年に発足した特定非営利活動法人「東京中央ネット」。専務理事の山田晃子さん(43)は、地元企業の女性社員でつくる「日本橋OLクラブ」代表も務める。
山田さんは83年、日本橋近くでデザイン事務所を創業した。それまで日本橋とは縁がなかったが、今では魅力を全国に伝えようと懸命だ。企画制作と運営を引き受ける中央ネットのホームページでは中央区の生活・ビジネス情報とともに、日本橋で働く女性たちが飲食店や観光地を紹介する。OLクラブでは昨年、日本橋の老舗菓子メーカーのあんや海苔店ののりを使った菓子パンを企画。三越の協力で全国で販売した。
活動はボランティア。ときには「忙しいのに迷惑だ」という部下の非難の視線を浴びる。一方で目立ちすぎる新参者の女性経営者ゆえに心ない言葉が降ってくることも。だが「傷ついて引き下がれば女はダメだと言われる。やめられない」。
ある時、老舗経営者が「細かいことは気にせず前だけ向いて生きなさい」と言ってくれた。肩の力がすっと抜けた。都心に元気が戻るまで、傷を恐れず前を向いて歩こうと決心した。
調査会社リサーチ・アンド・ディベロプメント(R&D、東京・中央)の調査では、バブル崩壊後、男性は仕事に対する満足感が落ち込んだが、女性は逆に上昇した。窮地に陥っても動じないずぶとさが彼女たちにはある。
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第4部では、戦後男の価値観でつくり上げられた日本の社会や企業を、新しい姿に再生させようと挑む女性たちを追う。