有価証券報告書で資本効率の実績や目標を開示する企業が増えている。2020年3月期決算の主要企業のうち、自己資本利益率(ROE)や投下資本利益率(ROIC)を記した企業は3年前に比べ4割増えた。全体の7割に達する。利益の絶対額よりも投資の効率性を重視する企業が増えているためだ。数値を公表し「公約」にすることで社内の各部門に資産の有効活用も促す。

日経平均株価に採用されている3月期決算の企業の有報から宝印刷子会社のディスクロージャー&IR総合研究所(東京・豊島)がまとめた。3年前の17年3月期決算から有報には「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」の項目が新設された。経営上の課題や目標などを記載する必要があり、同項目などでROEやROICの数値に触れた企業を集計した。

日本企業のROEとROIC
金融、日本郵政除く東証1部上場企業が対象。日経NEEDSのデータを加工

味の素両方記載

20年3月期の有報では186社のうち65%にあたる121社がROEやROICを記載した。17年3月期の有報で記していたのは86社(46%)で、社数は3年間で4割増えた。20年3月期の内訳は107社がROE、19社がROICに触れている。三井化学や丸井グループ、味の素などは両方を記載した。

国内の上場企業の資本効率は欧米企業に見劣りする。経済産業省によると、国内上場企業のROEは18年で9・4%と、米国(18・4%)や欧州(11・9%)に比べ低い。

経産省が14年に公表した企業と株主の在り方を論じる報告書「伊藤レポート」で「ROE8%」以上が望ましいとの基準を示し、資本効率を意識した経営を促した。19年には金融庁が「記述情報の開示に関する原則」を発表。経営目標の達成度合いを測る客観的な指標としてROEやROICを例示していた。

ROICはROEに比べて開示する企業はまだ少ないが、借入金などの負債か資本金など自己資本かにとらわれず投資に対する稼ぐ力を見極めやすい。収益率の改善を事業部門ごとに落とし込みやすく、事業売却や撤退などの目安にもなる。東証1部の約1320社(金融除く)を調べたところ、20年3月期は前の期比1・6ポイント低下して4・6%と5年ぶりの低水準だった。

ガイシが目標値

日本ガイシは中長期的な指標として「ROE10%以上」の目標値を掲げ、事業計画の立案や設備投資の意思決定にROICを活用することを明記している。三菱マテリアルも前期の有報から23年3月期にROICを6%、ROEを7%とする目標を新たに記載した。

日経平均採用銘柄以外でも積水化学工業が23年3月期にROICを8・6%(前期は7・7%)、ROEを10・6%(同9・7%)とする目標を記した。加藤敬太社長はROICを「事業撤退の判断にも活用する」と語る。

開示する企業の増加を市場関係者や機関投資家も評価する。楽天証券の窪田真之氏は「任意の開示でROEの目標を示す企業はこれまでも多かったが、法定の有報で目標を示すのは会社としての覚悟がうかがえる」と語る。

三井住友トラスト・アセットマネジメントの松本宗寿氏もROEなどの目標を掲げることが「投資判断の議論の材料として好ましい動きだ。財務戦略を見直す一つのきっかけになる」と話す。

もっとも、形だけの開示では弊害も生じかねない。一橋大学大学院の藤田勉特任教授は、借り入れを増やしたり、自己資本を減らしたりすれば向上するROEを指標にすることで「株主還元に重点を置いた『縮小均衡』の経営になりやすい」と指摘する。松本氏も「資本効率を基準にして事業撤退などの再編をさらに加速すべきだ」と注文を付ける。

<ROE>

「Return On Equity」の略。企業が株主から預かったお金である資本をいかに効率的に使って利益をあげられているかを示す。ROEが高ければ「株主のためによく稼いでいる会社」と評価される傾向にある。最終的なもうけである純利益を自己資本で割って算出する。

<ROIC>

「Return On Invested Capital」の略。自己資本と有利子負債を合わせた「投下資本」で利益を割って求める。ROEと異なり負債も含めることで株主と債権者の両方から見た投資効率を示す。新規投資や事業撤退の際の判断基準として採用する企業が増えている。