「一つの資産を選ぶよりも、複数の資産に分けて投資する方が、リスクリターンが良くなる」というポートフォリオ理論は、投資の世界では常識であり、金融の実務で広く活用されています。
最終回の今回は、TickVision(ティックビジョン)を使ったより実務的なテーマとして、Tickという視点から観たポートフォリオ分析を紹介します。そして最後に、これまでに記したことを振り返り、今後の株式市場がどのような方向に進むのか、について言及したいと思います。
金融の実務では常識となっているポートフォリオ理論は、「リスクとリターンの両方を考えながら、効率的な資産の持ち方をしましょう」、という考え方です。金融工学では、リスクをボラティリティと呼ばれる「資産価格の変化率の時系列に対する標準偏差値」で評価しますので、上がったり、下がったりを激しく繰り返す株式はリスクが高いということですね。ボラティリティは、1つの銘柄だけを持つよりも、複数の銘柄を持った方が、低くなります。ポートフォリオ理論は、この複数の銘柄を持つ場合に、最適な持ち方の比率を計算してくれるのですが、ここでは、単に、ポートフォリオの方が、一つの銘柄を持つときより、ボラティリティが低くなることを確認してみましょう。
図1は適当に選んだ3つの銘柄の日次変動(東証アローヘッド稼働の2010年1月4日から7月30日まで)を示しています。この3つの銘柄の同期間のボラティリティ(年率換算してあります)が表1です。
この3つの銘柄を売買最小単位(富士フィルム100株、サッポーロビール1000株、日本郵船1000株)ずつ保有したとき、同期間のポートフォリオとしてのボラティリティは24.8%になります。この値は表1にあるどの値よりも小さい値ですので、確かにポートフォリオとして保有した方がリスクは低くなりました(実は、ポートフォリオのボラティリティは、すべての構成銘柄のボラティリティより必ず低くなる訳ではなく、構成銘柄の持ち株比率と各銘柄間の相関に依存します)。
この24.8%というボラティリティは、3つの銘柄間の相関係数から数学的に計算できるのですが、TickVisionを使うとより簡便に計算することができます。TickVisionにはポートフォリオ管理機能があり、登録したポートフォリオを単一銘柄のように扱うことが可能なのです。図2がTickVisionのポートフォリオに対する日次分析画面の一例ですが、前回の個別銘柄の画面とほとんど変わりません。
図2の真ん中のグラフは、登録したポートフォリオ(TickVisionにはポートフォリオ管理画面が用意されていますが、ここでは操作の詳細には触れません)の2010年1月4日から7月30日までの日次(引値ベース)変動です(図1と同じ期間です)。左側の棒グラフは、その期間中の、日中変動を要約したもので、このポートフォリオが当該期間中、平均的には寄付きで上昇し、日中に下落していることを物語っています。図2左側グラフのamORは前場寄りリターン、intrRは日中リターン、pmORは後場寄付きリターン、intrAmRは前場日中リターン、intrPmRは後場日中リターンの、期間中の平均値を示しています(dayRはamORとintrRを足し合わせたもので1日当りの平均リターンです)。
図2の右上に解析データと記されたボタンがありますが、このボタンを押すと、当該期間中のポートフォリオの引値ベース金額がcsvファイルで出力されます。そのポートフォリオ金額時系列を使ってボラティリティを計算すると、上に記した24.8%になります。すなわち、TickVisionはポートフォリオを単一銘柄のように扱うためのデータを出力してくれるのです。
ポートフォリオの執行を考えるときに重要なことは、ポートフォリオを構成している銘柄の執行をバラバラに考えるのではなく、ポートフォリオを一塊として考えることです。なぜなら、ポートフォリオの本質は、構成銘柄間の相関を利用してリスクを下げる(リスク見合いのリターンを高める)ことにあるのですから、執行時にもポートフォリオとしての形態を保たなければ、意味がありません。各銘柄で別々に最適な執行を考えることは、ポートフォリオとしてのリスク低減効果をあきらめて、別のリスクをとっていることになります(ポートフォリオ執行において、あえて、ポートフォリオを一塊とみなさない執行スタイルもありますが、ここでは触れません)。
ポートフォリオを一塊として考えながら執行するということは、実務的には、ポートフォリオをスライス(輪切り)して、分割執行することになります。ポートフォリオは市場参加者毎に異なりますし、ポートフォリオをスライスしたベビーポートフォリオ(と便宜的に呼びます)の構成銘柄の比率が、それぞれに異なることもあるため、厳密なポートフォリオ板を作ることは(発注者の直前の意志を反映させる必要があること、及び、板の最適化形状分析が必要なため)不可能です。板の分析が進めば、将来的には可能かもしれませんが・・・。
そこでTickVisionでは、前節で記した「ポートフォリオを単一銘柄のように扱う」というコンセプトのもと、ポートフォリオの構成銘柄の板を集計してポートフォリオ板を提示しています。図3は、先に上げた3銘柄のポートフォリオを使った事例で、2010年7月30日午後13時39分の時点のポートフォリオの板を表しています。ここでの板の厚さは、ポートフォリオを構成している銘柄の気配株数をユニット数(単位株数で割った値)にして足し合わせたものです。
この図から、このポートフォリオは、2010年7月30日午後13時39分の時点で相対的に売り板が厚く、買い板が薄いことがわかります。TickVisionはこの板をアニメーションで動かすことができるので、自分が行ったポートフォリオの執行タイミングに対する(事後的な)レビューを行うことが可能です。すなわち、相対的に板が厚いときに執行したのか、もしくは、板の薄いときに無理な執行をしていたのか、がわかる訳です。
図3に示したポートフォリオの板状況のみならず、ポートフォリオとしての売り気配値と買い気配値の差(ビッド・アスク・スプレッド)が日中にどのように推移していたか、を確認することができます。それが図4です。図4の右側真ん中にBid-Ask平均という枠の中に数値がありますが、これはこのポートフォリオのビッド・アスク・スプレッドが2010年7月30日15時00分の時点において5,500円(ポートフォリオ金額の51.8bp/1bpは0.01%)であったことを意味しています。TickVisionは日中の任意の時間(1分毎ですが)のビッド・アスク・スプレッドの状態を表示してくれますので、自分の執行時間がわかれば、その時のビッド・アスク・スプレッドがどれくらいであったかが、わかるのです。
本コラムの最後に、TickVisionのちょっとした裏技を紹介します。
市場参加者は、売買を執行する前に必ず売買対象となる銘柄の価格を確認します。より慎重な人は価格と出来高の関係を示す価格帯別の出来高を気にするかもしれません。それは、市場参加者がたくさん売買している価格帯は、その価格帯をコストとして認識する人が多いことを意味しており、その後の価格変動を見据える上で、意識される価格帯になる可能性が高いためです。TickVisionの中央グラフの右上には「グラフ切替」ボタンがあり、このボタンを押すと日中価格変動グラフがその時点の価格帯別出来高分布グラフに切り替わります。
図5は、2010年7月30日の前場が終了した時点でのサッポロビールの価格帯別出来高分布です。TickVisionでは、この価格帯別出来高分布もアニメーションで動かすことができるため、出来高分布がどのように形成されていくかを、目視することができます。
図5に示すような個別銘柄の価格帯別出来高分布グラフは、証券会社や情報ベンダーが提供する分析ツール等でよく見られますが(但し、日中変動分布をアニメーションで操作する機能はあまり見られません)、TickVisionでは、ポートフォリオの価格帯別出来高分布を見ることができます。それが図6です。
ポートフォリオの価格帯別出来高分布がわかると、自分のポートフォリオが、どこの価格帯(ポートフォリオの場合は金額帯という言い方が正確ですが)で活況に取引されていたことがわかります。その情報から、ポートフォリオの執行を事後的分析する際に、単に約定価格の善し悪しではなく、市場が活況の時に執行したのか、それとも閑散なときに執行していたのか、というポートフォリオ執行としてみた市場状況についてのレビューが可能になるのです(これはポートフォリオの構成銘柄を個別に分析してもよくわからないことなのです)。今回のコラムの最初の節に記した通り、TickVisionはポートフォリオを単一銘柄のように「見せてくれる」という点においても、直感的な視覚情報の提供ツールなのです。
今回のシリーズでは、TickVisionを使って「東証アローヘッド稼働後の市場を観る」ということを主眼に置き、いくつかの分析の視点を紹介しました。高速化された情報処理が、遅い情報処理に戻ることはありえません。そのため、金融のプロ達は、執行処理の速さ競争に参加せざるを得ないことになるでしょう。そして、残念ながら、すべての市場参加者がHFT(High Frequency Trade:高速で高頻度のトレーディング)の世界で勝ち残ることにはならないと思われます。今後、考えられる状況は、高速な執行を得意とする人達と、それほど速くはなくてもよい執行をする人達に分かれていくでしょう。その際に重要なことは、市場で何が起こっているかを把握し、その状況を踏まえて自分が意図する執行を行うことです(市場が、速さを競う場ではなく、収益を競う場であることは、誰しもが理解できる常識ですね)。
前回のシリーズや今回の第1回目にも記しましたが、これからの株式市場では、人間の認識を超えた市場データが飛び交うことになり、その事態に対してはコンピューターの助けが必須です。但し、その助けとは、収益を自動的に生み出してくれる夢のようなアルゴリズムではなく、状況を正しく把握するためのツールであり、投資や執行に際しての分析ができる環境なのです。なぜなら、状況を判断してリスクをとるのは、あくまで市場参加者なのですから。
最後に、現在の株式市場を分析する研究者の現場感覚として感じていることを記して今回のコラムを結びたいと思います。
最近の市場を分析していると、これまでの金融の世界で考えられているリスク概念や分析スタイルが、どうも、合わなくなり始めているのでは、ということに思いが及びます。
例えば、金融工学でのリスク尺度であるボラティリティ。資産を保有することについては、確かにリスクとしてその役割を果たしていると思いますが、日中のトレーディングにおいては、むしろ、出来高の偏りや、急激な変化に対してリスクの高まりを感じます。すなわち、それらはボラティリティという計算では表現しきれません。
そして、リーマン・ショック。最先端の金融工学を駆使したと言っても、難しい言葉を並べて、言い訳をしているように聞こえてしまいます。過去の技術を踏襲することも大事ですが、もしかしたら、市場のデータ(せっかく、データが扱い易くなったのですから)を一から分析し直してみると見えてくるものがあるのかも・・・。
新しいリスク概念を含め、新しい金融の技術が生まれてくる、そんな時代に向かっているのかもしれません。[おわり]